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ノアの大洪水は本当かも (その2)

 
先日から地殻変動・ポールシフトについて記事を書いています。
昨日に続いて、巨大津波(ノアの大洪水)の可能性について考察します。


今回はヨーロッパを中心に、地図から読み取れることを書きます。
ヨーロッパの地形ですが、大半は平地です。

北部はスカンジナヴィア半島に南北にかけて山脈が、南部にはアルプス~トルコ~イランにかけて山脈があります。
つまり、地中海の北岸に沿って、山脈が走っています(下図参照)。
東はウラル山脈まで、山らしい山はほとんどありません。


  (クリックで拡大、ウィキペディアより)
Tectonic map Mediterranean


グーグルマップではこんな感じです。
これを見て気付くのは、ボスニア湾(スカンジナヴィア半島・スウェーデンの東側)、アドリア海(イタリアの東北側)、黒海、カスピ海などです。

  (クリックで拡大、グーグルマップより)
ヨーロッパ


こういった地形のくぼ地は、山を乗り越えた巨大津波が、地面を掘り起こすことで形成されます。
単に横から流れてきただけでは、くぼ地にはなりえません。
日本でいうと、瀬戸内海、琵琶湖、能登半島、伊勢湾などが該当します。

また、丸みを帯びた形状の場合、どちらから水が流れてきたかが分かります。
一般的に、山の等高線を下側に延長した形状になるはずです。
つまり、山が丸ければ湖も丸くなるし、山が直線状であれば湖も直線状になります。

山の下に平地があってもよいはずなのに、山の下に形状が似た湖や湾があるということは、大きな流れが湖や湾を作った可能性が高いのです。

まとめてみると、以下のような流れになると思います。

  (クリックで拡大、グーグルマップより)
ヨーロッパ2


黒海も、カスピ海も、塩湖です。
カスピ海は、海から完全に隔離された湖です。
黒海は、海からほぼ隔離された湖です。

なのに海水が混じっている。
やはりこれは、巨大津波がこの地を襲った根拠のひとつでしょう。

カスピ海を越えた巨大津波は、出口のないままさらに東へ流れ、やがて向きを北に変え、最終的には北極海に注いだと思われます。
カザフスタンの北側、ウラル山脈の東側辺りです。


もう、お分かりでしょうか?
この辺りは西シベリアといい、凍結マンモスの発見された場所でもあります。

  (クリックで拡大、ウィキペディアより)
マンモス復元図

凍結状態で西シベリアで発見されたマンモスの胃の中には、未消化のキンポウゲが残っていた。
キンポウゲは、イネ科の温帯性の植物です。

これは、温帯で生息していたマンモスが、突然シベリアの寒冷地に運ばれ、そのまま凍結したと説明する以外にはうまく説明できないのです。


ちなみに、ウィキペディアには、以下のような記載です。
説明に無理がありますね。


マンモス
約400万年前から1万年前頃(絶滅時期は諸説ある)までの期間に生息していたとされる。

絶滅
原因は未確定であるが、有力な仮説として氷河期末期の気候変動に伴う植生の変化を原因とする説がある。約1万年前に氷河期が終わり、高緯度地域の気温が10度程度上昇した。この温暖化以前のシベリアは乾燥した大地で、柳やイネ科の草が生息する草原が広がっていた。シベリアで発見されたマンモスの胃の内容物から、イネ科の植物がマンモスの主食であり、他にキンポウゲ科やヨモギ類などを食べていたと推測される。ところが、温暖化に伴って湿潤化し、一年の半分は大量の雪が降り積もる植物の生育に適さない大地へと変貌していった。マンモスの食料となる草木は激減し、マンモスもシベリアから消えていった、というストーリーである




現在のカザフスタンは、国土の大部分が砂漠ですが、これはアフリカや中東と同じく塩害のためでしょう。
昔はそこそこ草は生えていたのでしょう。


総合的に考えると、マンモスは今のカザフスタンやカスピ海付近に住んでいた。
突然の洪水でシベリアに運ばれ、腐る間もなく凍結し、そのまま現代までその状態で保存された。
こう考えるのが自然でしょうね。

まぁ、これも私のいつもの妄想です。

 
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