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水行の効果

 
私の部屋には、常にこれが置いてあります。
といっても、よく似た別のものですが。

頭が痛いときや、気分の悪いとき、急にむせて咳き込んだりするときに、少なからぬ効果があります。
いや、本当に。


大麻 (神道) (ウィキペディアより)

大麻、大幣(おおぬさ)は、神道の祭祀において修祓に使う道具の一つで、榊の枝または白木の棒の先に紙垂(しで)または麻苧をつけたものである。白木の棒で作ったものは祓串(はらえぐし)とも言う。

大幣(おおぬさ)

「大麻」(おおぬさ)という言葉は、本来は「ぬさ」の美称である。「ぬさ」とは神への供え物や、罪を祓うために使用する物のことであり、主として麻や木綿(ゆう)、後には布帛や紙が使われていた。そこから、神事に使う布帛や紙のことを大麻と呼ぶようになった。

上述の祓具としての意味のほか、伊勢神宮から頒布される神札のことも大麻(神宮大麻。この場合は「たいま」とも読む)という。

大麻は、祓う対象となる人や物に向かって左・右・左と振って使用し、これによって大麻に穢が移ると考えられている。かつては、人に対しては祓を受ける人が大麻を手で引いて穢を移していたが、後に人に対しても大麻を振るようになった。 大麻で祓った後に、小さな榊で塩湯を撒く(振りをする)場合もある。 大麻自体を塩湯が煮え立った釜に入れて振り、無病息災を祈る祭事もある事から、本来は実際に体を洗うブラシのような使い方をしていたと考えられる。



以前こんなのを紹介しました。

魂の正体?? (簡易版)
http://oyoyo7.blog100.fc2.com/blog-entry-1980.html

生命とは、肉体と精神からなります。

その肉体は、突き詰めれば、わずか30個程度の元素が複雑に絡み合った「物質(=モノ)」
これは科学の進歩した現在なら、誰でも分かりますね。

でも、自分の肉体のことは分かっても、自分の精神が何なのかよく分かりません。
モノなのか、そうでないのかさえ、分かりません。

いったい何なのでしょうか??

この問題を突き詰めていった結果、私が出した答え。
それは、静電気が複雑に配列した、プラズマ様の状態のもの。

一種の電磁波のようなものです。

これが、生命を構成する原子や分子に作用する。
【励起(れいき)】と呼ばれる化学現象です。

原子や分子は、熱や電磁波などを吸収し、エネルギーの高い状態になるものなのです。
原子や分子によって温度や電磁波の波長が変わりますが、そういう性質をもっています。

一般的に、化学反応は、この性質を利用して行ないます。
この状態を経ない限り、ある物質は永遠に同じ物質のまま、変わりません。

でも、この反応は可逆です。
つまり、片方向ではなく、双方向ということ。

つまり、熱や電磁波がなくなれば、元の低い状態(基底状態)に戻ります。
戻そうとするなら、熱や電磁波をなくせばよいのです。

いわば【静】と【動】ですね。
それが、熱や電磁波の有無で決まる。


だから、突き詰めれば、精神、すなわち魂というか霊魂というか。
これも、【励起】という化学現象の1つだと思うんですね。

肉体を魂が【動】かす。
魂が抜ければ、肉体は【静】かになる。


だから、こんなことをすると、、、

垢離
(水行から転送)

垢離(こり)とは、神仏に祈願する時に、冷水を浴びる行為のこと。水垢離(みずごり)、水行(すいぎょう)とも言う。垢離は漢語には見当たらず、純粋な和語と考えられている。

禊のひとつ滝行を行う男性

神や仏に祈願したり神社仏閣に参詣する際に、冷水を被り、自身が犯した大小さまざまな罪や穢れを洗い落とし、心身を清浄にすることである。神道でいう禊と同じであるが、仏教では主に修験道を中心に、禊ではなく水垢離などと呼ばれ行われることが多い。

特に修験道は、神仏習合の山岳信仰による影響から、この水垢離を行うことが多い。これらの垢離の行を「垢離を取る」、「垢離を掻く」などという。



だから、こんなことをすると、原子や分子に乗り移った【霊魂】は、その身体から出て行かざるを得ないんですね。

いや、自分自身の魂は出て行かないですが。
余分なものは、抜けざるを得ない。

水は静電気を取り除く作用があるのです。

冬でも、湿気の多い日は、服や髪に静電気が来ませんね。
水に静電気が移るため、服や髪から離れるのです。

また、流水で身体の温度が下がれば、励起状態から基底状態に戻ります。
つまり、余分な【霊魂】は、身体から離れざるを得なくなる。

【水行】とは、化学的に分析すると、こういう現象なんですね。
まさに、除霊そのもの。


私も30年近く前に一度やったことがありますが。

新入社員研修で、某所の川に…。
まだ寒い時期だったので、それそれは川の水も冷たくて。

まぁ、当時はこんなことを考えてはいなかったので、苦しい思いしか残っていませんが。
本来なら、私が一番その効果が出ていたのかもしれないと、いまになって思います。

(限定記事では多少触れていますが)まぁ、私はそういう体質なもので…。



古くからのしきたりとか習慣とか。
やはり、そこには何らかの真実が隠れている気がします。

そういうものは、大事にしておきたいもですね。
最近頓に(とみに)、そう思うようになりました。

 
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諡字による諡号の意味

 
触れにくい内容なので、以前はブロ友限定版としましたが。
天皇の諡号(しごう)についてです。

ウィキペディアにも出ているようなので、差しさわりのない部分を公開します。
元々は、井沢元彦氏の説なのだそう。

1つは『徳』

不幸な死に方をした場合に、つけられたのだそう。
怨霊封じのためだそうです。

もう1つは『光』

傍系から出た場合に、つけられたのだそう。
いわば、その正統性を主張するためですね。



 (ウィキペディアより)

諡(し、おくりな)、あるいは諡号(しごう)は、主に帝王・相国などの貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名のことである。「諡」の訓読み「おくりな」は「贈り名」を意味する。


諡字による諡号の意味

日本の諡号に用いられた諡字について、次のような説がある。

「徳」‐殺害されたり辺地や流刑地で没したりした天皇に、怨霊封じのため贈られた美称である(井沢元彦の説 - 逆説の日本史より)。

・元々は懿徳天皇や仁徳天皇のように、本当に徳のある(と考えられた)天皇に贈られた。

・飛鳥時代末期から鎌倉時代初期にかけて、皇太子に実権を握られ都に置き去りにされ崩御した36代孝徳、藤原良房と対立したために内裏に住むことができなかった55代文徳、流刑先で崩御した75代崇徳、82代顕徳(後に後鳥羽と改めた)、84代順徳、平家滅亡の際に入水した81代安徳が該当する。また、崇徳、顕徳、順徳、安徳の4人の天皇をまとめて「四徳」と呼ぶことがある。なお井沢説によると、徳の諡字が怨霊封じとして贈られた最初の例は(天皇ではないが)聖徳太子とされる。

・ただし怨霊封じのために徳の字を贈る習慣が続くと、逆に「徳の字を贈られた天皇は、怨霊となる可能性のある悪天皇だ」という認識になり、「顕徳」の諡号を贈った天皇の霊が立腹し祟りをなした(と考えられた)事件が起きたため、改めて「後鳥羽」の諡号を贈り直す事となり、怨霊封じとしての徳の字の使用は終焉した。

・南朝の96代後醍醐天皇には、当時対立していた北朝から「元徳院」の諡号を贈る案が出されたことがある(ただし、在位中の同名の元号からとった単なる通称であるとの反論もある。実際には本人の遺諡により後醍醐と追号された)。

・「四徳」や「元徳」は、追号が続いていた時代に諡号を贈られたこと自体が、異例のことである。


「光」‐傍系から出て皇位を継承した場合、中国の後漢の光武帝になぞらえて、「光」の字を贈ることがある。

49代光仁、58代光孝、119代光格の3人の天皇は、いずれも先代から見て傍系の出身である。ちなみに、光孝天皇の次の宇多天皇から、光格天皇の前の後桃園天皇まで、上記の「四徳」や、明治維新後に追諡された天皇を除いて、諡号を贈られた天皇はいない。

南北朝時代の北朝の天皇は、自身の正統性を主張するためか、後円融天皇を除き、遺諡によって「光」の字を含んだ追号を持つ。後円融天皇も、平安時代に対立した2つの皇統のうち後世に皇位を伝えた方の初代である円融天皇の加後号を遺諡としている。また、南北朝合一時の100代後小松天皇も、光孝天皇の異称「小松天皇」の加後号を遺諡としている。


・101代称光天皇は、奈良時代に天武天皇系の称徳天皇から天智天皇系の光仁天皇へ皇統が移行したことを踏まえて、両者から1字ずつ取った追号である。後光厳天皇系の称光天皇の次は、崇光天皇系の後花園天皇が即位し、皇統が移行している。

・「天智」「天武」の諡号には、放伐の意図が込められている(井沢元彦の説 - 逆説の日本史) 天智天皇の諡号は、殷の紂王が焼身自殺した際に携えていた宝石:「天智玉」に由来する。一方で天武天皇の諡号は周の武王を意識したものである。これは天武天皇が自らの行為を放伐と認識していた事を意味する。



 

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