暴露と危険度

 
暴露と危険度。

横軸に暴露量を、縦軸に危険度をとると、軌跡は右肩上がりの線になる。
一般的なイメージです。

まぁ、直線になるか、2次あるいはそれ以上の曲線になるか。
それとも、どこかで飽和して、プラトー(台地)に達するか。
いろいろと、解釈はあるけれど、とにかく右肩上がりになる。

この逆に、暴露量を下げていくと、危険度は左肩下がりで、限りなくゼロに近づく。

多くの人は、このように理解しているかと思います。
ですが、後半の部分、左肩下がりで限りなくゼロに近づくという部分は誤りです。

実際には、アルファベットの「J」の文字のように、危険度は僅かだが上昇する。
下図の丸の部分です。

暴露と危険度2


これは、放射線(電磁波)のような物理的なもの、毒物のような化学的なもの、病原菌(微生物)のような生物学的なもの、いずれにおいても、基本的な概念は同じです。

ホルミシス効果とも呼ばれる現象です。
微量の毒物は、むしろ健康によいのです。

あくまでも微量での話ですが。
微量の毒物は、生体を活性化するのです。

そもそも、生体にはさまざまな防御機能がある。
使わないでいると、これらの機能は「なまって」くる。

正常に働かなくなるのです。
つまり微量な毒物がない場合は、危険度は僅かながらも上昇するのです。



たとえば、病原菌などの微生物が、病気を引き起こす。
だから一切の微生物から隔離する。

すると、確かに微生物由来の病気には罹らないかもしれないが、これでは非常にひ弱な人間になってしまうでしょう。


また、砒素(ひそ)は、有名な毒物です。
毒物カレー事件でも使われました。

洋の東西を問わず、古くから毒物として、広く知られています。
時代劇等でもしばしば出てきますね。

でもその砒素が、「必須元素」であることは、あまり知られていません。
猛毒ですが、人体にとって、ごく微量は必要なのです。


同様に、電磁波が危ないから、一切の電磁波から隔離する。
すると、長い年月が経つと、深海魚のように、目の機能が失なわれてしまう。
太陽光線も電磁波なのです。


とにかく、微量の毒物は、生体を活性化するのです。
これがない場合、危険度は僅かながらも上昇するのです。


この現象は、社会で例えても同じです。
警察や軍隊。

争いがなくなって平和になることは良いことですが、だからといって警察をなくしたり、軍隊をなくしたりすることは危険です。
いざ何か起こったとき、全滅してしまうのです。
まぁ、日本では、いまだに自衛隊に反対している人がいますが。


宗教じみてきますが、善悪問題でも同じですね。
悪が善を育てるのです。


原発問題(放射能)でも同様です。

確かに、微量の放射能は健康に良い。
だからこそ、ラジウム温泉とかに行くわけです。

問題は、その健康に良い暴露量が、どの辺りまでなのか不明な点です。
とにかく、人体を使って実験はできない。

政府、東電では、過剰に高く見積もっている。
逆に一部の反対者は、過剰に低く見積もっている。

正しい値が分からない。
もちろん、個体差もある。

こういった状況や正しい知識も踏まえて、冷静に判断することが大切でしょう。



私は、個人的には、当初の(本来の)基準を変えるべきではないとの立場です。
平時にあれこれ議論して定めた基準を、安易に変えるべきではない。

都合よく基準を変えるという行為は、信頼性を失なわせる、いわば自殺行為だからです。

もし同様のことを製薬業界がやったなら、事実が判明した時点で、即閉鎖です。
政府には、そのぐらいの強い権限があります。

そういった事情を知るだけに、今回の一連の政府の対応には疑問おおありですね。
単に原子力行政に留まらず、他の行政においても、今までのような行政指導がしにくくなるはずです。

 
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