3億円事件の真相?

 
(6億円強盗事件の話題が出たところで)
40年以上前の3億円事件。

この事件は、「強盗」事件ではなく、正確には「窃盗」事件なのだそうです。
誰も怪我をしていません。

偽白バイを初め、120点にも及ぶたくさんの遺留品がありながらも、遂に未解決のまま時効へ。
でもこの事件には、いろいろと不審な点が目立ちます。

事件単独で考えると、出口の見えない状況に陥ります。


事件があった当時は、学生運動真っ盛りの時代です。
火炎瓶が飛び交い、また、内ゲバによるリンチ殺人が多発しました。
警察は、彼らの活動に、手を焼いていました。

そんな中発生したのが、3億円事件です。
これを機に、警察は合理的、合法的に、左翼活動家への捜査を進めることができました。

多くの人が述べているように、当時の政府が仕組んだ自作自演劇だとすると、一番すっきりと納得できる気がします。



事件の経緯 (ウィキペディアより)

1968年(昭和43年)12月6日、日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店長宛に脅迫状が届く。翌7日午後5時までに指定の場所に300万円を女性行員に持ってこさせないと、支店長宅を爆破するというものであった。当日、警官約50名が指定の場所に張り込んだが、犯人は現れなかった。

4日後、12月10日午前9時30分頃、日本信託銀行国分寺支店(現存せず)から東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へ、工場従業員のボーナス約3億円(正確には2億9430万7500円)分が入ったジュラルミンのトランク3個を輸送中の現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所裏の府中市栄町、学園通りと通称される通りに差し掛かった。

そこへ警官に変装して擬装白バイに乗った犯人が、バイクを隠していたと思われるカバーを引っ掛けた状態のまま輸送車を追いかけ、輸送車の前を塞ぐようにして停車した。現金輸送車の運転手が窓を開け「どうしたのか」と聞くと、「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と言って銀行員を輸送車から降ろさせた。

4日前に支店長宅を爆破する旨の脅迫状が送り付けられていた事実があり、その場の雰囲気に銀行員たちは呑まれていた。犯人は、輸送車の車体下に潜り込み爆弾を捜すふりをして、隠し持っていた発煙筒に点火。「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と銀行員を避難させた直後に輸送車を運転し、白バイをその場に残したまま逃走した。この時銀行員は、警察官(犯人)が爆弾を遠ざけるために輸送車を運転したと勘違いし、「勇敢な人だ」と思ったという。しかし、バイクに詳しい銀行員が残された白バイが偽物と判断できたことから偽警察官による現金強奪事件が早くも判明した。

9時50分に伊豆・小笠原を除く東京都全域に緊急配備が敷かれた。奇しくも、この日は毎年恒例の歳末特別警戒の初日であった。警察は要所要所で検問を実施したが、当初は車の乗換えを想定していなかった事もあり、当日中に犯人を捕まえることができなかった。

被害金額約3億円(2億9430万7500円)は現金強奪事件としては当時の最高金額であった。その後の現金強奪事件では金額こそ三億円事件よりも強奪金額が多い事件があるが、1968年当時の3億円は現在の貨幣価値に直すと約20~30億円にあたり、貨幣価値においては現金強奪事件としては最高クラスである。

捜査には7年間で9億円以上が投じられ、過労によって殉職者を2名も出した。

三億円強奪事件ともいわれているが、事件のあった日本において、本件犯行は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる

1975年(昭和50年)12月10日、公訴時効が成立(時効期間7年)。1988年(昭和63年)12月10日、民事時効成立(時効期間20年)。日本犯罪史に名前を残す未解決事件となった




http://q.hatena.ne.jp/1136345681

三億円事件は、実は政府が仕掛けたヤラセであったという記述を、かつて阿部譲二の本の中で見つけました。(犯人はブラジルあたりでひっそりと暮らしていたという話だったと記憶します。)
今回、島泰三「安田講堂 1968-1969」の中でも、あの事件は大学紛争から衆目をそらすためのやらせであったという記述がありました。
二度重なると、やっぱりそうなのかなと思ってしまいます。
ほかにも「三億円事件は政府の仕組んだ世論操作であった」とする記述や推理があったら教えてください。




雑誌「不思議ナックルズ」に、「『三億円事件』の深層」という記事が載っている。藤木TDC氏によるルポタージュで、要約すると

・現金輸送車が使われておらず、警官も同行していなかった。     

・保険が掛けられていたので実害を被った者がほとんどいない

・70年安保直前の当時、全学連の活動家の多くが事件のあった三多摩地区に潜んでいた

・70年6月の最大規模の安保闘争デモを警察がしのいだ日に捜査陣縮小が決定された

・三億円は自民党が都議選に勝つための裏金に使われたのではないか

との考察から、三多摩地区の住人(特に免許証やアパート)を合法的・合理的に調査するための口実として、警視庁の最高幹部が行った“自作自演”、“ヤラセ”が三億円事件の実体ではないかとの結論がでた。




「たけしの番組でやってたけど府中の三億円事件は警察がでっちあげた工作で、三億円事件の聞き込みというタテマエであの辺に集中していた学生運動のアジトを摘発するのが目的だったらしいです。多分未解決事件の多くも実は国が裏で糸ひく「工作」なんじゃないかと思う。国が率先してたなら絶対裏とれないですからね。おもしろいです」




阿部さんの言ってる説は4、5年前にビートたけし、TOKIOの長瀬君が主演でテレビをやっていましたが。

 実際、ヤラセ部分が一人歩きしたのは犯人のモンタージュ写真がまったく関係の無い人の写真をモチーフしただけの写真と言う事と有力容疑者の父親が警察の人間であると言う事からその話しが出回ったようです。実際その容疑者はその騒ぎの中自殺、聴取した「父親も「今はいえない」と言ったり事件数日後に何かを燃やしている煙が上がっていたなど話が上がっていました。


 
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