京都市役所 同和犯罪の実態

 
知らない人が聞いたら、腰を抜かして驚くでしょうね。
京都市役所の実態です。

「覚せい剤使用及び譲渡、暴力団とともに銃撃事件への関与、婦女暴行、暴力、恐喝、児童買春、詐欺、窃盗、事故欠勤(無断欠勤など)等々、これが役所のなかで起こっていることかと信じがたい罪状が並ぶ。」

何とまぁ、ようけいありますな。
そのまま、京都市刑務所に、改名できそうです。

殺人以外なら、何でもある。
これが同和の実態です。

市職員が犯罪を犯すのではなく、893が市職員になっているのが、諸悪の根源。
実質的な市職員採用の人事権を、市ではなく、同和団体が握っているからです。
推薦された人物を、市は追認するだけです。

さらには、逮捕されて懲戒免職されても、数年後にまた市職員として採用される。
市は拒否できない仕組みになっている。
一般の会社なら考えられませんが。

15年間で、懲戒処分が452件。
その半分が市長部局分で、そのうちの大半は環境局。

凶悪犯罪が目立ちますが、補助金や給与の不正受給など、金銭がらみの犯罪が多いのも特徴です。




http://shiminwatcher.org/tokusyu/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e5%b8%82%e8%81%b7%e5%93%a1%e3%81%ae%e7%8a%af%e7%bd%aa%e3%83%bb%e4%b8%8d%e7%a5%a5%e4%ba%8b%e6%a0%b9%e7%b5%b6%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ae%e6%8f%90%e8%a8%80/

第1章 1996年度以降の懲戒処分の状況
桝本頼兼市長が初当選したのは1996年2月だが、1996年度から現在(2006年12月末)まで、どのような懲戒処分が行われているか、以下一覧する。各データは京都市情報公開条例に基づき開示された懲戒処分決定書をもとに作成した。

全懲戒処分件数は452件(人)にものぼる。市長部局分が233件で、うち大半が環境局職員を対象とするものである。覚せい剤使用及び譲渡、暴力団とともに銃撃事件への関与、婦女暴行、暴力、恐喝、児童買春、詐欺、窃盗、事故欠勤(無断欠勤など)等々、これが役所のなかで起こっていることかと信じがたい罪状が並ぶ。とくに覚せい剤など薬物関連の事件で23人もの職員が処分を受けていることが、ひときわ異彩を放っている(表1-1~3参照)。

懲戒処分決定書などで確認できるだけでこの期間の全逮捕者は82人。京都市の調査によると、2001~2005年度の5年間で職員1000人あたりの逮捕者数を他の政令市と比較すると、京都市(市長部局)は0・47人で抜きんでている(回答がなかった横浜市、2005年度分しか統計がない大阪市をのぞく)。2位が川崎市の0・33人、3位が北九州市の0・29人である(表1-4参照)。在職中の犯罪での逮捕者が16人にものぼった2006年度分を含めると、京都市職員の逮捕率は大きく上昇し、さらに他市を圧することになる。

なお、上記はあくまでも懲戒処分の事例である。「厳重注意」や「文書訓戒」など懲戒に至らなかったケースはまったく含まれていない。たとえば「無断欠勤では、一週間程度続けた職員が処分の対象になった。」(京都新聞1997年5月21日付け)とあるように、数日程度の事故欠勤なら処分の対象にすらならなかった。このようにかつては懲戒処分の基準自体がきわめて甘かったことを考えると、実際の「不祥事」は懲戒件数の数倍、数十倍の規模で蔓延していることが推測される。

資料(いずれもPDFデータです)

表1-1(1)京都市長部局職員懲戒処分の分類
表1-1(2)京都市上下水道局職員懲戒処分の分類
表1-1(3)京都市交通局職員懲戒処分の分類
表1-1(4)京都市教育委員会職員懲戒処分の分類
表1-1(5)京都市消防局職員懲戒処分の分類
表1-1(6)京都市その他の実施機関の職員懲戒処分の分類
表1-2 実施機関別年度別懲戒処分者数
表1-3 実施機関別年度別逮捕者数
表1-4 他の政令市との職員1000人あたりの逮捕者数の比較


第2章 懲戒事案の特徴

1 異常な実態の日常化
京都市職員の犯罪・不祥事問題は2006年夏以降、マスコミで報道されるようになり、大きな社会問題となったが、上記の各データから、1996年度以降だけをみても、異常な実態が長期間継続していることがわかる。2006年度は別としても、市職員の逮捕者はここ数年で急増しているわけではない。多くの市民に衝撃を与えた覚せい剤などの薬物にかかわって職員が逮捕された事件も古くから頻発している(表1-3)。

京都市も市議会も、最近のマスコミ報道を受けて、精力的に対策にあたっているように見えるが、両者とも、これまで長期にわたって対策を怠り、事態の深刻化を招いたと言わざるを得ない。

2 甘い処分が不祥事問題をより深刻にした
(1)甘すぎる処分
異常なのは、不祥事の内容のひどさ、件数の多さだけにとどまらず、各事案に対する京都市の処分が甘すぎることも強調しなくてはならない。なかには免職になってもおかしくないようなケースでも、事実上おとがめなしといった処分がくり返されている
。いくつか具体例をあげておく(表1-1参照)。

【事例1─1】1996年8月26日(処分発令日。以下同様):事故欠勤97日。虚偽の診断書を提出して不正に病休を取得しようとする。停職15日。

【事例1─2】1996年12月3日:環境局職員、事故欠勤77日。停職15日。

【事例1─3】1997年2月28日:環境局職員、事故欠勤78・5日。停職1月。

【事例1─4】1997年8月4日:都市建設局職員、深夜自家用車を飲酒運転中、他の車と接触しそうになったことで口論となり、相手が謝罪しているにもかかわらずその友人3人を含め4人に対し一方的に暴行。さらに車をけり損壊。現行犯逮捕された。停職1月。

【事例1─5】1998年3月17日:環境局職員3人、出勤簿を改ざんし、有給休暇を不正に増やす。いずれも戒告。

【事例1─6】1998年8月25日:環境局職員、事故欠勤14日、処分手続き中に2度の再犯。停職20日。

【事例1─7】1999年2月22日:文化市民局職員、勤務時間中に飲酒、酩酊の上、同僚に暴行。停職3日。

【事例1─8】2000年6月22日:夕食時に飲酒した上、自家用車で出勤(夜勤)、勤務中、上司に飲酒を容認するよう要求、拒否されたにもかかわらず飲酒、深夜、上司の指導に腹を立て暴行。停職15日。

【事例1─9】2001年2月13日:環境局職員、タンクローリーでダンプカーに給油してまわる業務(副業)に従事して停職10日。一部病休期間中にも副業に従事して停職15日。

【事例1─10】2005年12月14日:保健福祉局職員、速度超過、無免許運転、不正手段による免許証取得。停職20日。

【事例1─11】1996年11月21日:下水道局職員、短期間に3度にわたる暴力行為──職場の正門で上司にゴルフクラブを振りかざす。別の日、職場で飲酒の上、所属長にタオルにくるんだ包丁を振りかざし、威嚇、他の職員にも暴言。さらに別の日、灰皿などを手にして威嚇行為をくり返し、拳で所属長の顔を2回殴る──に及ぶ。停職6月。

【事例1─12】1998年9月8日:水道局職員、病休中居酒屋で客と殴り合いのけんか、店の器物破損。停職45日。

【事例1─13】2001年7月17日:水道局職員、深夜車中で寝ていたところを職務質問をした警察官に対し、顔面に頭突きを加え傷害を負わせ、逮捕。停職4月。過去にも傷害事件で停職45日の処分歴。

【事例1─14】2003年10月1日:水道局職員、勤務中飲酒の上、公用車(原付バイク)を運転し、転倒してバイクを損傷させた。事情聴取を行おうとする上司に暴言を吐き、業務命令にも従わなかった。停職4月。

【事例1─15】2000年4月18日:交通局職員、酒気を残したまま出勤、勤務中に居眠りをするなどうつろ状態であったため退勤を命じられる。戒告。

【事例1─16】2004年3月29日:交通局職員:妻に対し暴行、駐車所へ引きずりだし冷水を浴びせる。傷害容疑で逮捕。10万円の略式命令。裁判所からDV法に基づき住居から2週間の退去と6か月間の接見禁止命令。停職2月。

【事例1─17】2004年6月28日:交通局職員(運転士):免停講習をさぼったのに出席したと職場に報告。また事故欠勤3日。停職1月。

【事例1─18】2000年5月31日:市教委(教頭):帰宅途中便意をもよおしたため、尻をぬぐうものを探し、他人の住居に侵入した上洗濯機の中に手に入れたところ、物音に気づき立ち去るが逮捕される。停職6月。

懲戒処分決定書の多くには、その理由として次のような趣旨のことが判で押したように記載されている。

「公務員規律が厳しく問われる社会状況のなか、平素、公務員としての自覚の保持、服務規律の厳正について強く指導しているにもかかわらず、……当該職員の行為は地方公務員法に違反するとともに、全体の奉仕者としてあるまじき行為であり、断じて許されるものではない。」(上下水道局の懲戒処分決定書より)

「厳正に指導」とか「断じて許されない」とか、この10年あまり京都市は叫び続けてきたが、事件は止むことがなく、肝心の処分も厳正なものではなかったのが現実だった。

無断欠勤しても2、3日程度なら処分の対象にすらならず、たとえ処分されても短期間の停職で放免されるとあれば、処分が不祥事防止の「抑止力」となるどころか、逆に増加をうながす結果を招いたと見ることができる。

(2)甘すぎる処分がさらなる重大事件を招く
京都市の説明によると、懲戒処分を受けた職員のうち19%が過去にも処分を受けている「再犯者」
だという(「再犯」という表現は必ずしも妥当なものだとは思えないが、本稿では市公文書の表現をそのまま借用する)。第1章でも触れたとおり、懲戒処分の対象とならない「不祥事」は膨大な件数にのぼることが推測されるので、同様に実際の「再犯率」もまた、この何倍にも及ぶと考えられる。

「再犯」職員の多さは、上記(1)でみたとおり、処分の甘さと関係していると思われる。この処分の甘さは、しばしば市民に衝撃を与えるほどの重大犯罪に結びついている事例がきわめて多いことにも、注目する必要があろう。いくつか具体例をあげておく(表2─1参照)。

【事例2─1】1998年1月31日、覚せい剤取締法違反で逮捕、のち起訴された環境職員を、市は懲戒免職処分にした。同職員は前記(1)で指摘した78・5日間事故欠勤しても停職1月という信じがたい軽い処分を受けるにとどまった者と同一人物である(【事例1─3】)。

【事例2─2】1998年8月29日に、覚せい剤取締法で逮捕、のち起訴された環境局職員を市は懲戒免職処分にした。1997年7月15日付けで22日間の事故欠勤で停職5日、1998年8月28日付けでふだん自分が路上駐車(違法駐車)している場所に、他の車が駐車されていることに腹を立て、応対した隣保館職員に対して暴行を加え、傷害を与えたという理由で停職1月の処分を受けている。同職員の覚せい剤使用が発覚したのは隣保館職員への暴行事件(2度目の懲戒処分の案件)の捜査のため警察の家宅捜索を受け、自宅から注射器が発見されたことがきっかけだった。

【事例2─3】2002年8月15日から同月30日までの2週間あまりの間に12日間の事故欠勤を行った環境局職員を、市はわずかに停職20日という軽い処分を行っている。同職員は1985年にも49日間の事故欠勤で処分されているが、このときも停職3日という軽さだった。

【事例2─4】2003年3月6日、環境局職員が大麻を所持していた容疑で逮捕、のち起訴された。市はのちに懲戒免職処分とした。同職員は過去4回も処分を受けていた。1999年11月、公務中の交通事故により歩行者を負傷させた理由で戒告。2000年3月、事故欠勤3日で停職3日。2001年6月、事故欠勤1日で停職7日。2001年11月、公務中の前方不注意による交通事故で停職10日。

【事例2─5】2005年12月6日、環境局職員が貸金業規制法違反(無登録で貸金業を営み、法定の上限を超える利息を受領)の容疑逮捕され、市はのちに懲戒免職とした。同職員はそのわずか1年半前(2004年6月24日)、飲酒後無免許運転で車を運転、電柱に衝突して民家玄関を破損させたが、なんら措置することなく現場から逃走するという事件を起こしている。重大な犯罪だがこのときも停職2月というごく軽い処分にとどまった。

最後に無秩序な職場の実態が重大犯罪を招いた例をあげておく。

【事例2─6】勤務を抜け出して覚せい剤を大阪まで買いに行き、逮捕された水道局職員の例(表1─1(2)No.34参照):同職員は組合の役員で、逮捕当日、分会の交渉の終了後も、職場では上司から全職員に対し服務規律について強く注意が促されていた。同年度、逮捕されるまで職場全体に対して11回、係別・個人に対して延べ100回以上服務規律の遵守を指導してきた。同職員が職場離脱後も、上司は何の措置も取ることがなかった。この職場がいかに荒廃していたか、想像できよう。

資料(PDFデータです)

表2-1 複数回懲戒処分を受けた職員とその処分内容
3 処分基準の恣意性
京都市の処分は、たんに甘いだけでなく、案件、対象者によっては「手心」が加えらている実態も、不祥事問題の深刻化をうながしていると考えられる。

その典型が同和補助金不正事件についての2003年7月の処分内容である。これは解放同盟などの同和関係団体と京都市の担当部署職員が、共同して虚偽の公文書を作成し、長期にわたって巨額の公金を騙し取っていた事件である。京都市の調査によると、部落解放同盟及び同和地区のいくつかの自治会に交付した補助金のうち、1997~2001年度の5年間だけで、約8000万円が不正に支出されていたとして、市長はじめ幹部57人が処分された。

同和補助金の不正支出が明るみに出たのは2002年11月だったが、その約1か月前に市が策定した「京都市職員懲戒処分に関する指針」(「懲戒指針」)の規定では、「公金又は公物を横領し、窃取し又は詐取した職員は、免職とする。」となっているにもかかわらず、同和補助金を詐取した団体代表(京都市職員でもある)も、偽の書類を作成して公金詐取に協力した職員も、だれ一人として免職とはならず、減給半日、戒告処分を受けたに過ぎない。自ら定めた「懲戒指針」から完全に逸脱した対応だった。

さらに特徴的なことに、同和補助金を最も多く詐取していた解放同盟支部長は不正発覚当時、市教委課長級職員で、当然懲戒処分を受ける立場にあったが、この支部長(課長)は処分がくだされる前に自主退職した。市教委は退職を認めたため、懲戒処分を科すどころか、退職金まで支払っている。なお、その後京都市は、この支部長を嘱託職員として再雇用している。

後述の通り、同和関係団体とその関係者を特別扱いし、行政としてごく当たり前の対応すら取ってこなかった京都市の姿勢は、職場の秩序と職員の働く意欲、不正をなくしていこうという士気を損ない、不祥事を生み出す土壌となっていると指摘できる。

また「懲戒指針」からの逸脱という意味では、市教委の対応の問題点も指摘しておかなければならない。市民ウォッチャー・京都が2007年1月に実施した第1回目の職員不祥事問題電話ホットラインに、複数の市民から、ある学校事務員が病気のため長期休職しておきながら、その間毎日のようにパチンコに興じたり、夫(京都市職員)とともに定期的に海外旅行に出かけているという告発があった。市民ウォッチャー・京都がこの事実を記者発表した2日後、同職員は諭旨免職となり、退職金も満額支払われている。

同様に市教委では、マスコミ報道などで不祥事が公になる前に、自主退職をさせていると思われるケースが、この他にも数件ある。このこともまた自ら定めた懲戒基準からの逸脱であり、不祥事隠しの疑惑が濃いと言わざるを得ない。

第3章 不祥事を生み出す制度的な背景
1 同和行政との関わり
(1)市長の「優先雇用」発言
桝本市長は2006年7月、職員による犯罪・不祥事が京都市において立て続けに起こっている背景として、不正常な同和行政が主要な要因となっていることを、市長としてはじめて認めた。

「これまで京都市は、同和行政の柱として、地区出身者に、職業の機会均等の観点から優先雇用をして参ったが、私の市長就任以来、平成14年度をもって優先雇用を全廃した。一部とは言え、バブル期に応募がいない中で、職員として採用しないとごみ収集ができない事態の中、甘い採用をしたのは事実。その反省をしているところ。」(記者団に対し 2006年7月27日)

ここで市長が言及している「優先雇用」とは、同和選考採用制度のことである。京都市の説明によるとこの制度は、公式には1973年度から始まった。同和地区住民の就労の機会を保障し、経済的安定を図るために行った。部落解放同盟、全国部落解放運動連合会(現人権連)の2つの運動団体からの推薦に基づき、事実上フリーパスで採用し、ごみ収集業務などの現業職場に配属してきた。同和問題の解決を図ることを市政の最重点課題に掲げてきた京都市の同和対策事業のなかでも、最も重要視されてきた事業の一つである。市によると、これまで制度が廃止される2001年末までの約30年間に6000人以上を雇用してきたと推計している。

(2)市会では古くから指摘 市会決議もあがる
市長が不祥事の背景に同和選考採用制度があることを認めたのは、2006年7月だったが、市職員による不祥事はこの10年間日常化しており、これは同和選考採用制度の弊害の表れであることは、かねてより市会などでも指摘されていたし、1996年、2000年、2004年の京都市長選挙では争点の一つとなっている。また制度廃止の市会決議(「同和行政に関する決議」2000年12月14日)もあがったほどである。

一例として、制度の弊害を追及した二之湯智議員(自民党)の発言(1996年9月市会本会議)を紹介しておく。

「9月19日には保釈中の市清掃局職員が覚醒剤容疑で逮捕されました。5年間で覚醒剤容疑で逮捕された職員は4人に上ります。大新聞は、市職員が逮捕された点は報道しますが、なぜこんな人が公務員になれたのかという背景については何も書きません。公務員の採用枠獲得が運動団体の既得権で、この権利を放したくない。したがって公務員としての資質に欠ける者であっても推薦しないと人がいないという現実があるのかもしれません。現業といえども公務員であります。質の高い公務員の確保は市の執行能力を高めるために重要でありますし、それ以上に職員採用は、すべての市民に開かれた公平、公正なものでなければならないと考えます。いつまでも選考採用を続ければ、同和地区の若い人々は、安易に市役所の現業職員になれるという気持ちを持ってしまいます。地区住民の自立心を養ううえからもよくないことであります。」(1996年9月26日市会本会議)

2 同和選考採用の何が問題か
(1)人事権の運動団体への移譲
上記1(1)の市長発言を批判する運動団体のなかには、「(市長発言は)部落民が多い職場だから不祥事が多発するかのような印象を与えている。」といった意図的に問題の本質をずらそうとする主張もある。われわれが同和選考採用制度を問題視するのは、次の点である。

すなわち、行政の人事権を特定の民間運動団体に委譲し、市民はもちろん、人事委員会も市長も関与できない方法で大量の市職員を雇い入れなければならなかったこと。しかもそれが30年以上にわたって続いたこと。また、採用後も問題職員に対する適切な指導を怠るなど、任命権者としての責任を放棄したことである。

この点に関し、桝本市長自身、市議会でこう述べている。

「そうした中で、採用された職員は、京都市の職員として採用されたという認識よりも運動団体に採用されたという風な勘違いもどうしても出てくるという風なことになりまして、それが、採用の甘さとともに、日常業務の服務指導、業務指導にまで非常に大きな悪影響を与えてきたということであります。」(市会財政総務委員会 2006年8月27日)

「採用時に、部落解放同盟や当時の全解連に優先雇用枠を与えた。その結果、任命権まで京都市から運動体の一部の人物に行ってしまった。そこにもっとも大きな問題があると考えている。」(市会調査特別委員会 2006年10月2日)

要するに、この制度は、採用時にチェックもできないし、不良職員を大量に抱えても採用後も手をつけられないというのである。このことが背景となり、甘い処分→職場の荒廃→不祥事続発…というこれまで述べてきた現状を生み出してきた。

(2)懲戒免職者の再雇用
同和選考採用制度に関し、他にも異様な状況が派生している。その一つが、いったん免職処分となった人物を、数年後もう一度、同和選考採用で雇用している事実、さらに再雇用された職員はまたしても不祥事を犯し、逮捕されているという事実である
。市当局がだれを採用するか関与できないことによってもたらされる、ある意味で当然の事態であろう。

▽交通事故を巡る保険金詐欺出約640万円騙し取った職員は1988年に懲戒免職となったが、5年後、同和選考採用で再び職員に採用された。▽銃刀法違反、覚せい剤取締法違反事件に関与した職員は1983年、職員不適格として分限免職となったが、17年たってから再雇用。▽他の環境局職員2人とともに深夜乗車したタクシーの運転手に因縁をつけ、2000円を脅し取り逮捕された職員も1984年に分限免職処分を受け、9年後に再び雇われた。▽1994年2月に、恐喝事件で逮捕された環境局職員もその10年前に薬物事件を起こし依願退職していた。▽ペットの死体引き取り手数料約15万円を着服したとして2007年2月13日に懲戒免職となった元市環境局職員の男性は、以前にもタクシー内で暴れて現金を奪ったなどとして免職されていた

(3)採用枠の売買
同和選考採用制度は特定の民間団体が推薦しさえすれば公務員に採用されるという制度だが、年度ごとの採用枠だけは京都市自身が(運動団体との交渉・協議の上)決める。当然運動団体内部で、採用枠獲得をめぐって競い合いが行われることは容易に想像できるが、だれを推薦するか、団体幹部が恣意的に決めたり、あるいは組織内で推薦獲得のために金品が売買される事態もうまれている
ことは、これまで市会やいくつかの報道により指摘されている。また、2007年1月に市民ウォッチャー・京都が行った、市職員不祥事問題電話ホットラインでも、現職の京都市幹部から金銭授受の事実を告発する情報が寄せられている。

次に紹介する偽の採用仲介話による詐欺事件の事例は、このような詐欺行為が行われていること自体、同和選考採用をめぐって金品の売買が日常的に行われていることをうかがわせる。

環境局職員A(当時39歳)は1997年11月13日頃、元職員Bとともに、「金を出せば京都市職員に採用する」とCに持ちかけ、不採用の場合は返還することを約束して、250万円を受け取った。1998年12月、採用の話が進まないため不安に思ったCが「もう採用の話はいいから金を返して欲しい」というが、「採用の審査が遅れている、もう少し待ってくれ。だめだったら金を返す」と返答。その後もいっこうに返還されないので、1999年2月、Cが環境局に連絡、相談を持ちかけた。局の調査により、同年3月、Aは現金の授受を認め、同年4月12日に全額Cに返還した。A、Bとも運動団体役員ではなく、採用の権限を有していないことは客観的に明白だった。Aは停職6月の処分を受けた。

(4)「同和問題解決」の呪縛──運動団体との異常な関係
第2章3で、同和関係団体とその幹部に対しては、市自らが定めた基準から逸脱する「手心」を加えた処分が行われていることを指摘した。また、第3章2(1)で引用したとおり、市長自身「採用された職員は、京都市の職員として採用されたという認識よりも運動団体に採用されたという風な勘違いもどうしても出てくるという風なことになりまして、それが、採用の甘さとともに、日常業務の服務指導、業務指導にまで非常に大きな悪影響を与えてきた」と市会で答弁している。

市当局が市会のなかで認めた「大きな悪影響」の最近の具体例をひろってみると、北区役所及び東山区役所で勤務したケースワーカーによる生活保護資金の着服事件、都市計画局の公用車運転手が20数年間にわたって月3日しか勤務していない実態がある。前者の場合、ケースワーカーが解放同盟支部幹部であったこと、後者の場合、運転手が解放同盟京都市協議会幹部の推薦で雇用されたことで、所属長が毅然とした対応をとれなかったことを、市議会で認めている。

運動団体とのこのような異常な関係は、もちろん同和選考採用制度によってのみ成立したものでない。京都市において同和行政の占める位置づけは、様々な意味で重かった時期が長く続いてきたこと、同時に運動団体対策で実績を上げた管理職がその後人事面でも重用され続けたことなどともあいまって、市全体に「同和」を特別視し、同和関係団体とのやっかいごとは避けたいという心理が浸透している。

第2章3で言及した同和補助金不正事件を調査した京都市の報告書には、歴代の担当職員が補助金不正支出に手を貸してきた背景として指摘している次の事実は重要であろう。

「一時期において運動団体と軋礫が生じないよう事業を進めることが同和問題の解決にとって有効であるという考え方を過度に職員に意識させる傾向が醸成されたことは、結果として本市の組織的責任があったと言わざるを得ない。」

こういった職員の意識が、問題職員を、上司が指導・監督できずに来たことに深く影響していると思われる。同和選考採用制度の弊害は、たんに同和事業執行上の問題という枠から行政機構全体のかかわる問題に広がっている。


 
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