物質融合

 
さて、だんだんオカルトチックになってきているこのブログ。
反重力とかテレポテーションとか、さらには物質融合とか。

常識ではありえないことを書いている、キチガイだと思う人もいるだろう。

でも私は大真面目だ。
私の考える原子構造や仕組みから、当然の結果として帰結される現象だからである。

たぶん時代が、まだまだついてきていないのだろう。
そのうち、当たり前になる時が来る。
そう思っています。

それは10年後かもしれないし、100年後かもしれないし、1000年後かも知れない。
まぁ、それまでに地球が滅亡するかもしれないが。 (笑)



先日の記事に書いた物質融合。
これもありえる話だろう。

(物質融合のイメージ/下記サイトより)
人体固定


人体が、物体の中に埋まり込む。
原子や分子のレベルで埋まり込む。

これは、単純に土の中に埋まり込むのとは異なる。
掘り出すことができない状態。

つまり、完全に融合する。
しかも、生きたまま。

フィラデルフィア実験では、実際にこういった現象が発生したそうである。




http://nikusiminorensa.at.webry.info/201105/article_23.html

 ここである一つの「滑稽な陰謀論」とバカにされているものを紹介しましょう。ちなみに私は「ありえる」と思っています。その名も「フィラデルフィア実験」。聞いたときある方はおられると思います。『X-ファイル』でも取り上げられてました。ちなみに、私はX-ファイル全部見ましたよ。エピソード10まで。大変でした。みなさんの中には、X-ファイルは、「一つ一つが違うストーリーであり、まったく関係がない」と思ってらっしゃる方がおられるのではないでしょうか?実は、X-ファイルは『24』のように、全体で一つの完結するストーリーなのです。しかし違うのは、24の場合は「1シーズン=1完結」でしたけど、X-ファイルは「1~最終シーズン=1完結」です。見ごたえはありますよ。ちょっと長すぎですけど・・・。私的には、とてもフィクションに思えませんでした。でも完全に真実だなんて思っていません。こう思っています。「真実に嘘を加えたストーリー」と。それでは話を戻しましょう。新世界秩序で「彼ら」はあらゆる革新的科学技術を表立って使ってくるかもしれませんから。
 まず、この物語はトーマス・タウンゼント・ブラウン博士という一人の物理学者から始まります。
 1930年代、海軍では日々、軍艦を作ることに追われていました。造船所では大がかりな電気溶接が行なわれました。それは、大きな鉄板を何百枚も並べ、いっせいに電気溶接するというものでした。そのせいで、現場には大量の電流が走るので、「エックス線」や「ガンマ線」を浴びるのを警戒した作業員たちは皆、溶接のたびに、道具を現場に置いてそのまま逃げていたといいます。・・・と、現場に戻ると「置いてきた道具がなくなっている」のです。初めは何かの勘違いではないかと言われましたが、そのうち同じことをいう人間が増え、調査することになりました。溶けた金属の跡・・・ 気化した金属物質・・・ または幻覚?など、そして最後にカメラを設置してみました。すると、本当に姿が見えなくなる瞬間がとらえられたのです。そして、「現実が変化している」と主張していたのがブラウン博士だったのです。彼は、「別次元への扉が開かれたのだ」と言いました。こういうことを言うと、「ありえねー!別次元って!」という方が必ずいますね。でも、その人たちも盲目的に別次元を体感しているのですよ。例えば、「ラジオ」。何にもないところから音が聞こえてきます。不思議ではないですか?あれは人間が見ることができないまさに「別次元」なのです。・・・というのも、生物には「見える範囲」、「聞こえる範囲」という限界があります。例えば、レントゲン。なぜ、見えるのでしょう?それは、人間の見える範囲を超えたものだからです。つまり、レントゲンを撮る。結果を見る。という行為は私たちの見える次元ですが、レントゲンが撮られている世界は私たちが見えない世界なのです。電子レンジもそうです。また、聞こえる限界に関しては、防音室に入り何も聞こえなくても、それは「人間の聞こえる範囲で聞こえない」だけで、例えば、イルカにはガンガン物音が聞こえるのです。東日本大震災で言えば、まさに放射線です。「何もないのに何かある」のです。・・・と話を戻します。
 これをきっかけに「船を丸ごと消す」ための実験が行なわれることになります。なぜなら、当時は第二次世界大戦真っ只中であり、もし船を消せるなら敵を欺けるからです。そして実験は始まりました。電気機器を積んだアメリカ軍の駆逐艦を進水させ、徐々に出力を高めていきました。そして・・・・・・ 船が消えたというのです。そして、数キロ離れた場所で突如現れたと言います。船が一瞬にして移動したのでした。この実験に立ち会ったある乗組員の証言を紹介しましょう。

 「船の内部は装備がすべて取り払われ、実験のための何トンもの発電機や電気機器が並んでいた。電気が強くなるにつれ、船の中では髪の毛が逆立つ人や精神が錯乱する人が出始めた。電気ショックで死ぬ人が現れて皆、興奮状態に包まれる。すると霧がかかった状態になり、時間がゆっくり流れる感覚に陥った。もの凄い光が見え、自分の口と鼻と耳から血がでて、身体が数百に分解したように見える。迫ってくるエネルギーから意志の力で逃げようとした。ふと自由になって辺りを見ると、のたうち回る人や、発光している人もいる。必死になって機関室へ行ってみると、船長も動いていない。彼の身体も、船自体も、赤い影を帯びた透明になってかすんでいた。やがて自分の身体の一部が溶け始めた。」

 この24時間後に軍が研究者を連れて乗り込みますが、乗組員181人のうち、40人が死亡。120人が消えていたといいます。悲惨なのは生き残った21人であり、彼らは鉄の床や壁に身体がめり込んだまま生きていました。金属と合体したのです。どうすることもできずに彼らは射殺されました。これにより実験は中止されますが、軍部は1950年代から実験を再開しました。
(『闇の支配者に握り潰された世界を救う技術』前掲、『わかってるようでわかってない科学の基礎知識』ロバート・マシューズ参照)





自動車や飛行機ができてから、まだ100年ほど。
テレビや冷蔵庫ができてから、まだ50年ほど。

電卓やコンピュータなら、まだ30年ほど。
インターネットや携帯電話なら、まだ15年ほどです。

いずれも、江戸時代の人が見たら、腰を抜かして驚くでしょうね。
明治時代の人が見ても、驚くものが多いでしょう。

その頃はもちろん、自動車はなく、その代わりに馬を使っていた。
冷蔵庫はなく、氷は多雪地帯から運んでいた。

電卓はなく、もちろんそろばん。

通常の通信は、飛脚とか。
城下町なら、太鼓の音とか。
秘密の通信なら、伝書鳩とか。


いまでは、百均で売っている電卓。
私が初めて見たのは中学生の頃だったと思います。

加減乗除だけしかできない代物でした。
でも当時の価格で、1万円以上もした。

液晶のクウォーツ時計も、初期のものは数万円もした。
時計以外の機能は何もなかった。

初期のフロッピーディスクは、記憶容量が128キロだか、256キロバイトだった。
8インチだったか10インチだったか、とても大きな代物だった。

それでも、媒体に記憶できるという感動さえあった。
いまならもっと小さなDVDに、その1万倍以上の1ギガを越える容量が記憶ができる。


21世紀の世界に住む我々は、もうこれらの技術を見ても、驚くことはない。
実際に自分の目で見て、自分の手で触れる機会が増えるに従って、驚きや感動は薄れていく。
つまり当たり前になっていく。



同じように、いずれ量子化学の世界でも、常識が変わるときが来るのだろう。

そもそも原子の中は、隙間だらけのスカスカ。
これは、私の提唱する竜巻モデル如何にかかわらず、広く認識されている事実です。

これは原子単独の場合ですが、分子さらには、もっと大きな物体になっても同じことです。
とにかく中身はスカスカ。

原子と原子は多くの場合、共有結合という形態で、隣とつながっています。
互いに出し合った電子を、2つの原子が共有することで、結びついています。

だが、このつながりは、量子化学的には、ほとんど繋がっていないようなものだろう。
ある単位時間の中でも、繋がっているというか共有している時間は、ほんの一瞬だけに過ぎない。

複数の人間で、電子でお手玉をしているような状態。
分子とは、このお手玉の仲間に加わっているグループ。

もちろん、他人と手が繋がっている(融合している)わけでもないし、身体が繋がっているわけでもない。
ほんの一瞬だけ、時間と空間を共有しているだけである。

他の結合様式も、基本的には、似たようなものだ。
繋がっていると認識していても、実際はほとんど繋がっているとはいえまい。

こういった結合を通して、人体のような複雑な物体もできている。



ここに2札のコピー用紙がある。
1000枚。

厚さ6cmくらいだ。
これが本来の姿だ。

紙1枚1枚を広げ、くるくると回すと、縦横高さがそれぞれ30cmほどの空間が得られる。
これが原子の状態だ。

1000枚が同じようにある。
全部で3mほどの径の球体になる。

同じような球体をもう1つ作る。

この状態では、互いにぶつかり合って、決して通過はしない。

だが1枚1枚の回転を止め、水平に整列させ、1枚1枚の間に30cmの空間を作ったら、どうなるだろうか?
回転を制御して同調させるのである。

横からは、紙の厚さだけしか見えない。
僅か数ミクロン。

この状態なら、ほとんど何もないに等しい。
もちろん、この空間なら、向こうも透けて見えるし、お互いに物も通過する。

このケースの場合、3mの球体中で、厚みとして物質として存在するのは数十ミクロンだ。
原子や分子の内部も、ほとんどこれに近い状態である。

通過しない方がおかしいといえるだろう。



では、モノが通過しているときに、突如、元の空間に戻ったらどうなるだろうか?
ちょうど、トランプをシャッフルしたときのように、原子レベルで混ざってしまうのである。

抜こうとしても、もちろん抜けることはない。

フィラデルフィア実験では、生きたまま人体が固定化されてしまった。
これが事実かどうかは別として、原理的にはありえる話である。





今では、海外旅行も当たり前になってきた。
特別なバカンスとしてではなく、気軽に週末に行ってくる。

反重力が技術として確立した暁(あかつき)には、ちょっとした宇宙旅行も当たり前になろう。
週末にちょっと火星に行ってくるとか、あるいは土星に行ってくるとか。
あるいは昼休みに、月まで行ってくるとか。



アインシュタインの相対性理論によると、動く物体は、光の速度を越えることができない。

これは速度が上がるにつれて、外から加えるエネルギーは質量に変わる(重くなる)ためである。
どんなに加速度を加えても、そのエネルギーは質量に変わるので、一定の限界、つまり光速を超えることはできない。

だが、ここで予言しておこう。

質量を制御できれば、光速を超えることは可能だ。
光の速度を越えて移動する。
これは一種のタイムマシンである。

これについては、考えがまとまったら、また別の記事として書こうかと思う。

 
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