地震の特異日

 
明日10月10日は体育の日である。
運動会をするところも多いだろう。

この日は、晴れの特異日だそうである。(注:否定説もある)
そのため、東京オリンピックの開会式の日に選ばれたと言われている。



特異日 (ウィキペディアより)

日本(主に東京)の特異日の例

1月16日 - 晴れの特異日。
3月14日 - 晴れの特異日。
3月30日 - 雨の特異日。
4月6日 - 寒の戻りの特異日。
6月1日 - 晴れの特異日。
6月28日 - 雨の特異日。東京では53%の確率で雨が降る。
8月18日 - 猛暑の特異日。
9月12日 - 雨の特異日。
9月17日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風が日本列島に上陸する回数が多い。
9月26日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風が日本列島に上陸する回数が多い。
11月3日 - 晴れの特異日




ちなみに、ここにある11月3日は、私も知る限り、晴れの特異日である。
かなりの確率ではなかろうか?
毎年この日に友人達とよく魚釣りに行ったのだが、1回も雨に降られた記憶がない。



ところで、同じように、地震の起き易い日がある。
このような日を、地震の特異日という。
この日はまた、事故も多い日である。

統計的に処理をしたら、有意な差が認められた。
元科学技術庁審議官の井上赳夫(いのうえ‐たけお)氏の説である。

これによると、2月11日を起点として、23日周期で起こり易い日が来るのだそうだ。

もう十数年も前になるが、この本が出たとき、読んだことがある。
神戸の地震の後のことだった。

ロサンゼルスの地震と同じ日(1月17日)に、何故だか、神戸の地震が起こったためである。
当時は、人工地震とか、HAARPとか、そんなものはつゆ知らずだった私にとっては、衝撃的な内容だった。


23日周期になる理由については、不明である。
月齢でもないし、もちろん、地球の自転や公転の周期でもない。

おそらく、いろんなファクターが絡み合って、共振しているのだろう。
たくさんの部品からなる自動車のエンジンが、綿密な回転バランスが計算されて設計されているにもかかわらず、特定の回転域で振動する(共振する)ようなものである。




http://www3.ocn.ne.jp/~saigouha/paper06/jishingakuwokenkyusuru/jishingakuwokenkyusuru03.html

●地震学の権威筋は信用できるか

 地震は複合的なデータが総(すべ)て揃(そろ)い、複合的な組み立てから予知し、判断するべきものである。
 したがってこの意味からすると、地震学者と雖(いえども)も、その能力の半分以上は素人である。何故ならば、地震は地球物理学の範囲内だけで判断し、これにより予知を下せる学問ではないからである。

 地震の専門家である地震学の権威であっても、地震前に「カラスの大群が何故騒ぐのか」金魚や池の鯉(こい)が何故浮き上がって来るのか」「何故ネズミが集団移動するのか」「犬が何故怯(おび)えて鳴き続けるのか」「何故アリやゴキブリがゾロゾロと出て来るのか」「鶏が狂ったように騒ぎ、産卵量が減少するのか」などは生物学の動物学者や昆虫学者の専門分野で、また、「蓮華(はす)や李(すもも)などが狂い咲く」「野菜類が大豊作になる」のは、植物学者の専門分野であろう。

 地震の起る前触れと居て、「太陽や月が何故赤黒くなるのか」「何故磁力がなくなるのか」「時期外れな暖かさは何故起るのか」「湧き水から海の水まで濁るのは何故か」は宇宙物理学者や気象学者や海洋学者の専門であろう。

 また、地震前に「酷(ひど)い頭痛に悩まされたり」「心の中に不可解な不安を感じて鬱病(うつびょう)になったりの現象」は、精神科医や心理学者の専門であろう。

 更に、地震を統計学的に研究すれば、「魔の特定日」というものがあり、これによれば次のように記されている。

特異日 地震名

1月19日 阿蘇(1975.1.23)
2月11日 北海道(1834.2.9)
3月5日 北丹後(1927.3.7)
3月28日 日向灘(1968.4.1)
4月20日 大分西部(1975.4.2)
5月13日 伊豆半島沖(1974.5.9)
6月5日 伊豆大島(1905.6.7)
6月28日 福井(1948.6.28)
7月21日 茨城群発(1982.7.23)
8月13日 姉川(1909.8.14)
9月5日 関東大震災(1923.91.)
9月28日 男鹿半島(1810.9.25)
10月21日 酒田(1894.10.22)
11月13日 日向灘(1909.11.10)
12月6日 南南海(1944.12.7)
12月29日 今市(1949.12.26)

(井上赳夫著『魔の特異日』より)

 以上の統計学的な割り出しは「自己や天災の生き易い日」と言うものがあり、その統計的な結果から、「23日周期」という結論に基づき、一年のうちの「特定の16日の前後四日間」に、特異日と言うものがあることを訴えているのである。この仮説を打ち出したのは、元科学技術庁審議官の井上赳夫(いのうえ‐たけお)氏だった。

 井上氏の仮説では、6月12日の宮城県沖地震(1978年のこの地震予知は外れているが、平成17年8月16日午前11時46分頃の県内で最大震度「6弱」の大きな地震は的中)も、1月14日に起きた伊豆大島近海地震(1978年を最後に、震度5以上の地震はない。30年近くも起っていない)も予知できなかったことは明白だが、この仮説がかなり高い確率の「23日周期」で、各々の地震に融合している事は明らかだろう。

 また、「プラス・マイナス4日」とすれば、1995年1月17日の兵庫県南部を襲った阪神・淡路大震災も予測は外れている。

 しかしこのように、地震が複合的な要因が絡んで発生するとなると、地震学の狭い範囲だけでは、到底、地震予知は不可能と言う事になる。複合的に予測した上で、捨てる判断材料と、拾う判断材料の種分けも必要だろう。

 その上に地震学者の拠(よ)り所は、数字であり、「これぐらいの数字であれば大丈夫だろう」という数字信仰や科学信仰である。
 多くの地震を体験した罹災者たちの一部には、「大地震の前にはこういう事があった」という例を参考にして、間一髪で危険を回避して居る人が少なくない。

 しかし、地震学者達は「こういう事があったとしには、必ず地震が起る」という過去の先人の智慧(ちえ)を全く相手にしていない。更には、動物の異常行動や大移動も非科学的が主観と一蹴し、単に数字が齎(もたら)す定量化の努力だけが大事なようだ。
 今日は、自己責任が問われる時代である。この意味からしても、自分の命は国家に守ってもらうのではなく、自分自身で守らねばならないのである。つまり、地震学から打ち出されたデータの数字ではなく、古人の智慧を参考にした「体験談優先」で考えるべきであろう。

 更に、こうした事から考えると、地震が起り時間は「朝方」や「夕方」が多い。したがって勤め人は、この時間帯は通勤ラッシュで苦しめられている時間帯である。もし、この時間に地震が起れば大パニックは避けられないであろう。したがって、この時間帯を外す事も、一種の自己防衛になるだろう。

 また、非難した体育館が建築物として安全かどうか、建築物を見定める眼や、更には避難場所に決められている集合場所の公園の地下の地質が安全かどうかの「地の気」を読む訓練に対しても、生き残る為に十分に考えておくべきであろう。

 地震発生時には、内紛やそれに近い争いが起るものである。これは既に関東大震災などで、隠された事実とされて歴史の裏に葬り去れているが、第三国人達が日本人に対して何をしたかは、最近多くの事実が浮上して来ているので、これを参考にして、身を護る手段を講ずるべきであろう。

 そして更には、大地震に乗じて外国の軍隊が攻め込んで来ないか否か、こうした場合の最悪条件を考えて、古人の智慧を生かしながら、生き延びる智慧を発揮する事が大事ではないか。
 地震発生時は地震学者の権威で振り回されるのは、余りにもナンセンスである。
 私たちは民間人として権威には頼らない生き方を「自己責任」の名に於いて模索しなければならない。

 したがって、カラスの大群が騒いでも、ネズミの集団大移動が起っても、これを非科学的と一笑に付すのではなく、古人が伝える大事な智慧(ちえ)として、これに学び、素直に遵(したが)うべきであろう。
 ゆめゆめ「科学的でない」などという権威筋の言葉を恐れる事なく、また、その予兆を無視する事なく、古人の智慧を現代に生かさなければならない。
 そして、「古人の智慧を現代に生かす」などといって、これを一笑に付した地震学の権威筋が居たとしても、現実に大地震の遭遇し、逃げ遅れて死亡したり、大怪我をしても、彼等は誰一人として責任はとってくれないのである。




井上氏の説によると、大規模な地震は、この特異日かその前後数日のうちに起こり易いという。
新月か満月に重なると、なおさら、起こり易くなるだろう。

これは、純粋な自然現象だとしての、統計学的な計算結果である。
ちなみにこの説に従うと、次の特異日(危険日)は10月21日ということになる。


なお、もうお気づきの方もいるかと思うが、3.11の巨大地震は、この特異日には該当していない。
この点については、当の井上氏も、今頃悩んでいるのかもしれない。

 
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