今の人類は、連作障害状態

 
一対のサケから数千個生まれるサケの卵。
そのうちで、再び戻ってきて無事に卵を産むのは、僅か1匹か2匹。

つまり、同じ数だけしか、戻って来れないということです。
自然の中では、いかに生存競争が激しいかが、分かりますね。



これは、基本的に農業においても同じです。
自然現象に任せている限り、1つの個体から採れる何百、何千、何万という種子の中から、芽を出し、葉を出し、花を付け、実を結ぶものは、僅か1つか2つ。

種を蒔いて水をやれば、勝手に育つ。
多くの人がそんな風に考えているかと思いますが、それは大間違いです。
最近家庭菜園を始めて、このことを痛感しました。

種を蒔いても芽が出ない。
芽が出たと思ったら、虫か鳥かに食べられる。

素人がやると、その繰り返しです。
とてもじゃないけど、収穫には程遠いのです。

そもそも農業とは、自然の理に反した作業なのです。
肥料をやったり、虫や雑草を取ったり。

有機農法といえども、かなり自然の理には反する行為なのです。
こんな地道な努力を重ねて初めて、無事に収穫ができるのです。



1年目はうまくいっても、さらに次の試練が待ってます。
それは連作障害(れんさくしょうがい)と呼ばれる現象です。

同じ野菜は、繰り返し同じ土地では育たないものなのです。
年々育ちにくくなり、遂には全く育たなくなります。

イネ(米)は、毎年同じ田んぼで作りますが、これは、例外中の例外と言っても良いでしょう。
それくらい特殊な植物です。

この連作障害の原因は、土の中の病原菌や病害虫です。
これらが根っこに寄生するのです。
毎年繰り返し作っていくと、これらが増え過ぎて、その野菜の生育を阻害するのです。

だから、毎年植え付ける畑を変えます。
これを輪作(りんさく)と呼びます。
人類は、このようにして、農業の生産効率を上げてきました。



さてこの状況は、人類そのものについても、同じだと言えるでしょう。

ちょっと前まで、子供は育たなかった。
だからこそ、どこの家も子沢山だったし、無事に成長したら七五三のお祝いなんかしていたわけです。

ところが今では、子供はほとんど死ななくなった。
そして、爆発的に人口が増えてきた。

特に日本人のような有益な民族は保護され、さまざまな高性能な工業製品を作り出してきた。
そして日本という国は、80年代にピークを迎えたわけです。

ところが、今ではその影もなくなり、失なわれた20年と言われるようになっています。
差別化された工業製品を作れなくなってきたばかりか、民族そのものが劣化してきた。

その最大の原因は円高である訳だが、さらにその原因を辿っていくと、詐欺的な金融システムに行き着いてしまう。

要するに、日本人は寄生されているのである。
日本人の稼いだ富は、他の民族に巻き上げられている。

それまでは、ごく一部の勘の良い人しか、気づかなかったのであろうが、21世紀に入ってから、特に顕著になってきた。
ネットの普及で、こういった企みがばれるようになってきた。

政治やマスゴミ、その他の腐敗や、国民の堕落や少子化(=劣子化)なども、すべては同じ原因から発生した結果であろう。

まっとうな生産活動よりも、芸能界やスポーツ界など、何も生み出さない活動の方が、はるかに優遇されている。
社会が歪んでいる。

寄生される側の個体を宿主という。
宿主が寄生されると、次第に宿主は弱っていく。

このとき、寄生虫は束の間の繁栄を貪る(むさぼる)わけであるが、いずれにせよ両者は運命共同体。
宿主が倒れたとき、寄生虫も道連れになる。

この寄生は、特に日本に限った現象ではなく、他の先進国や新興国でも形が違うだけで同様である。
だからこそ、いずれの国も財政破たんに直面している。

こう考えていくと、農業で観察されるさまざまな現象は、人類の運命を占う1つのリトマス試験紙でもあるわけである。



ところで唐突ではあるが、私は進化論を信じてはいません。
このことは以前の記事でも書いたことがあります。
http://oyoyo7.blog100.fc2.com/blog-entry-892.html

私は大学で化学や分子生物学を専攻した身であり、この辺の知識や経験は、普通の人の何倍もあります。
そして会社では一時期日常的に、遺伝子配列の解析や、部位特異的突然変異発生の技術を用いて、遺伝子の改変操作をしていました。

80年代後半ですが、当時はそれがまだ珍しかった時期で、毎週のようにどこかからお客さんが見学にやってきたものです。

そんな私が当時から漠然と思っていたこと。
偶然で、今より良くなることは、ありえない。

良くしようと思っても、そうそう簡単には遺伝子は良くはならないのです。
たった1つの遺伝子でさえそうなのに、膨大な数の遺伝子を同時に変えるのは絶対無理なのです。

ましてや、それがすべて偶然の結果起こるなんて、まさに神業だとしか言えないのです。
誰かが明確な意思をもって、綿密な計画の下に、緻密に実施しない限り、絶対に不可能なのです。

進化論は、こんな非現実的な確率を肯定しないと成り立たない理論なのです。
逆に言うとつまり、人類は誰かが作った、ということです。



その誰かが、神と呼ばれる存在なのか、それとも宇宙人なのか?
それは分かりませんが、誰かが作ったとするならば、何らかの目的があるはずです。

ちょうど我々が植物を栽培するような感じです。
食べるのが目的か、観るのが目的か、それとももっとほかの目的のためか?
それも分かりません。

ただ、何らかの目的のもとに作った…。
これだけは言えるでしょう。

だが今は、その危機に瀕している状況です。
寄生虫にやられて、まともに育たなくなってきた…。
先に示した農業と全く同じ状況なのです。

それならば、どうするか?

我々(人類)の視点ではありません。
彼ら(神や宇宙人)の視点です。

連作障害が出てきたし、そろそろ畑を変えようか?
そういう話になるはずです。

別のものを植えるにせよ、その前に一度は畑を耕し、土を消毒し、肥料を撒く必要があります。
ではいったいどうやって実施するか??

これらの課題を一気に解決する地球規模の現象があります。
そう、もうお分かりのとおり、ポールシフトです。
http://oyoyo7.blog100.fc2.com/blog-entry-630.html

大規模な地殻変動により大地は激しく崩れ、水で洗われ、多くの生命は死に絶え、そしてその死骸は化石燃料の元となり、次の文明を育む肥やしとなります。

そんな風に漠然と感じています。
それも、そう遠くない将来に…。

まぁ、私の妄想ですが。(笑)

 
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