士農工商は、身分制度ではなかった (簡易版)

 
江戸時代の士農工商。
誰もが学校で習ったはずです、身分制度だと。

前から変だと思ってはいたんですが…、どうもしっくりと来ない。
士を除けば、ピラミッドにはなっていないのです。

で調べてみると…、違うんですね、やはり。
単なる区分なのです。

私のような理系の者には、改めて教育を受ける場がないんです。
誤った認識のまま、固定化されてしまいます。

農工商の関係は並列であって、上下ではない。
つまり、支配-被支配の関係ではないのです。

正しくは、士とその他には身分の上下があった。
その他の間同士では、上下関係はなかった。

農工商は、単に職業を順に並べただけ。

まぁ、これを序列だととらえるならば、人ではなくモノの順。
彼らの作り出すモノの、社会的必要性の順位ですね。


この身分制度。

明治以降の学者の、誤った認識から生み出された、想像の産物ということですね。
ていうか、解放や平等を装うため、わざとしたのかも??

士農工商 (ウィキペディアより抜粋)

士農工商(しのうこうしょう)とは、儒教において社会の主要な構成要素(官吏・農民・職人・商人)を指す概念である。「四民」ともいう。日本では、近代になり江戸時代の身分制度を意味すると捉えられるようになったが、1990年代ごろから実証的研究が進み誤った認識であることが理解されるようになった

後世のイメージ

明治時代以降の歴史学者は士農工商の言葉を江戸時代の身分制度を表すものと解釈するようになった。そして士農工商は身分の序列を示す概念となり、さらに士農工商に加えて穢多(えた)や非人(ひにん)を付けて「士農工商穢多非人」という序列があったとする説も生まれた。こうした明治以降の歴史観は儒教観念に基づく武士の見地を反映したものといえる。第二次世界大戦後はマルクス主義的な歴史認識により、武士を支配階級、農民を被支配階級と定義し、農民生活の悲惨さとそれに由来する階級闘争の存在が強調され、商人は財産(資本)を蓄積したブルジョワ階級であり、近代への幕を開く歴史的存在として捉えられるようになった。



士農工商は身分制度ではない。
だから、続く○○△△△も、基本的に同じ。

明治新政府は、これを身分制度だとして、差別という「特権」を与えてしまった…。
こういうふうにも思えますね。



余談ですが、戦犯のカテゴリーを表すABC(級)。
戦後行なわれた東京裁判です。

いわば、これと同じですね。
誤った使い方が、固定化されてしまった。

このABCに難癖をつける特亜3ヶ国。
いわば、いまの同和団体と同じですね。

 
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コメント

No title

AカテゴリーBカテゴリーとからしいですね。

江戸時代は当時の世界の都市の中でもダントツに清潔な都市であったみたいですね。

江戸時代というのは連邦制に近いという話ですが、
色々と勉強しないといけない、知らないことが多いです。

Re: No title

CPさん、こんにちは。

いろいろと、誤った情報が固定化されています。
我々は、勉強し直す必要がありますね。

No title

左翼は明治時代を敵視しすぎ。

Re: No title

raraさん、こんにちは。

まぁ、明治(時代)=天皇なので、両者は相容れないでしょうね。

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