大司教聖マラキの預言

 
ローマ法王(第111代)が退位するのだそう。
この報道自体には、別に何の興味もないのですが、気になったのはこれ。

全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言
こんな予言があるのだそう。

それによると、次の代(112代)の名前はペトロ。
そして、この代でローマ法王は絶える。
まぁ、解釈の仕方によっては、現在の111代で終わるという説もあるようです。

いずれにせよ、カトリック教会が崩壊する。

これはともかくとして、この予言が意味する内容
つまり、今後の世界の動向が気になります。

何しろ、予言に合わせて行動しそうな連中だし。

退位するのは今月28日。

全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言 (ウィキペディアより)

「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言(Prophetia S. Malachiae, Archiepiscopi, de Summis Pontificibus)」は、聖マラキによって執筆されたと称する歴代ローマ教皇に関する予言または預言である。一般には単に「聖マラキの予言」「教皇(について)の予言」などと呼ばれる。また、偽作説の立場からは「偽マラキの予言」と呼ばれることもある。本記事名は1595年に初めて公刊された時の名称を採用しているが、後述のように本来のタイトルはもっと長かったとする説もある。同じく後述するが、16世紀の偽書と見なすのが一般的である。


概要

これは、1143年に即位した165代ローマ教皇ケレスティヌス2世以降の、112人(最後の予言の扱いによっては111人)の歴代教皇についての予言である。対立教皇10人を含むが、対立教皇インノケンティウス3世 と対立教皇ベネディクトゥス14世 (2人いたが2人とも)に対応する予言だけは存在しない。対象時期の教皇の中で、予言が存在しないのは彼らだけである。

一つ一つの予言はラテン語2 - 4語で表現しただけの極めて簡素なものであるが(112番目を除く)、その教皇の登位前の姓名、紋章(家紋を含む)、出自、性格、在位期間の歴史背景や特徴的な事件等のいずれか1つ(またはその組み合わせ)を意味しているとされる。信奉者の中には、複数の意味を織り込んだものもあると主張し、様々な意味を読み取ろうとする者もいる。

一部の終末論者は、同予言書では111番目に当たる、2005年4月に就任したベネディクト16世 の次の教皇の時にカトリック教会が崩壊すると解釈している。このため、彼らにとっては、「フォトンベルト」などと共に関心の対象となっている。

なお、終末までの歴代教皇を予言する、というモチーフは、1590年に現れた聖マラキの予言が初めてではない。中世には30枚の預言絵画からなる「全ての教皇に関する預言」(Vaticinia de summis pontificibus)が広く知られていた。

(中略)

111.オリーブの栄光 Gloria olivae- ベネディクト16世(2005-)
彼が襲名したベネディクトは聖ベネディクトゥスと結びつきが深い(ベネディクトゥスはオリーブの枝をシンボルとするベネディクト会の設立者である)。

(112?.)

ローマ聖教会への極限の迫害の中で着座するだろう In p’secutione. extrema S.R.E. sedebit.

ローマびとペトロ 、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る。終わり。Petrus Romanus, qui pascet oues in multis tribulationibus: quibus transactis ciuitas septicollis diruetur, et Iudex tremendus judicabit populum suum. Finis.
この散文は、『生命の木』やルスカの版では2段落に分かれていた(上記の訳はその区切り方に従った)。これを一段落にまとめたのは、1624年のメシンガムの版が最初であり、以降その読み方が、主として信奉者の間では踏襲されている(かつては、信奉者の中には「オリーブの栄光」の後に「極限の迫害の中で」と「ローマびとペトロ」に対応する2人の教皇が控えていると解する者もいたようである)。 これを112番目と見なすことには異説がある。オリジナル(信奉者にとっては聖マラキの手稿、偽作説にとっては1590年の手稿)には含まれていなかったのではないかという疑問や、前段が結句で後段はチャコンが勝手に付け加えた注釈にすぎないという見解が提示されている。これらの見解では、予言本体は111番目で終わっており、ローマびとペトロ云々はそもそもこの文書と無関係だった、ということになる。 ちなみに前半については、(一般にp’secutione.が「迫害 persecutione」の略と見なされており、直後のピリオドは無視されているのに対し、prosecutioneの略と見た上でピリオドも活かし)「(予言はここで)区切り。ローマ聖教会は終末までその地位にあるだろう」と意訳する者もいる。 全てひとまとまりと捉える信奉者の解釈では、『ヨハネの黙示録』からの流用とする説や、(初代ローマ教皇ペトロの名は、いまだかつてどの教皇も襲名していないことから)ニセ預言者とする説などもある。ちなみに、一般に「7つの丘の町」はローマのことであるが、信奉者の中にはニューヨーク と曲解する者もいるようである。



 
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