参勤交代は、朝貢/冊封がモデル

 
最近いろいろと、歴史を勉強しているんですが。

江戸時代に行われた参勤交代。
おそらく、中国の朝貢/冊封をモデルにしたんですね。

一番の目的は、主従の確認です。
支配者の側から見ると、確かに戦(いくさ)をなくす良い方法でもありますね。

その結果、日本の江戸時代は世界で例がないほど、平和で豊かな世の中になりました。

参勤交代 (ウィキペディアより)

参勤交代(さんきんこうたい)とは、各藩の藩主を定期的に江戸に出仕させる事により、財政的負担を掛けると共に人質をも取るための江戸幕府の制度である。各藩は、藩主の江戸藩邸と国元の居城の二重の維持費が必要となり、江戸と国元との行き来のために街道の整備や、大名行列の費用、道中の宿泊費など多額の出費に迫られた。この制度により各藩は徳川家に反旗を翻す事が非常に難しくなり、徳川家が15代に亘る繁栄を築く要因となった。

参勤は一定期間主君(この場合は将軍)のもとに出仕すること、交代は暇を与えられて領地に帰り政務を執ることを意味する。



朝貢 (ウィキペディアより)

朝貢(ちょうこう)は、主に前近代の中国を中心とした貿易の形態。中国の皇帝に対して周辺国の君主が貢物を捧げ、これに対して皇帝側が恩賜を与えるという形式を持って成立する。なお、周辺国が貢物を捧げることを進貢(しんこう)、皇帝がその貢物を受け入れることを入貢(にゅうこう)という。 朝貢それ自体には政治的な臣属という意味はなく、その点で冊封とは区別される。



冊封 (ウィキペディアより)

冊封(さくほう)とは、称号・任命書・印章などの授受を媒介として「天子」と近隣の諸国・諸民族の長が取り結ぶ、名目的な君臣関係(宗属関係/「宗主国」と「朝貢国」の関係)を伴う外交関係の一種。「天子」とは「天命を受けて自国一国のみならず近隣の諸国諸民族を支配・教化する使命を帯びた君主」のこと。中国の歴代王朝の君主(モンゴル帝国、清朝を含む)たちが自任した。

冊封が宗主国側からの行為であるのにたいし、「朝貢国」の側は
・「臣」の名義で「方物」(土地の産物)を献上
・「正朔を奉ずる(「天子」の元号と天子の制定した暦を使用すること)

などを行った。「方物」は元旦に行われる「元会儀礼」において展示され、「天子」の徳の高さと広がり、献上国の「天子」に対する政治的従属を示した。「方物」の献上を「朝貢」といい、「朝貢」を行う使節を「朝貢使」と称する。朝貢使は指定された間隔(貢期)に指定されたルート(貢道)を通って指定された「方物」を「天子」に献上し、天子の徳をたたえる文章を提出する。これを「職貢」と称する。宗主国と朝貢国の相互関係はつづめて「封貢」と称された。




日本は、平和で豊かな世の中になったんですが。

でもその本場:中国では、何故か戦はなくならず、インフラも発展せず、文化が花咲くこともありませんでしたが。
まぁ、支配者が支配者だし、民衆も民衆なんですが。



中国の皇帝は、例えるならば、【商社】の社長。
大きな違いは、この点でしょう。

統治ではなく、貿易が主たる業務なのです。
つまり役割的には、【会社】のトップであって、【国】のトップではない。

しかも、大手の社長というよりは、成り上がったワンマン社長にしばしば見られるタイプですね。
こう考えると分かり易いかと思います。

攻め込まれないだけの軍隊は常備するけれど、その他の国としてのインフラとか、文化には元々興味ありません。

そんなことをしたら、自分の儲けがなくなりますね。
おまけに文化が発展して、国民が賢くなったら困ります。

支配するためには、国民を無知なままにしておかないと、都合が悪いのです。
愚民化です。

この精神は、21世紀になった今でも、脈々と受け継がれていますね。
おから工事に贈収賄、パクリ技術にパクリ文化で、儲け優先で、信頼とは無縁。

だから、いずれ苦しくなったら、夜逃げをします。
そんなふうに、相場は決まっています。

 
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