金融立国イギリスの中心地・シティがウォール街に対抗できる理由

 
これ詳しくて、なかなか面白いですね。

金融立国:ロンドンシティとはこういうところ。
東京だろうが大阪だろうが、日本では根本的に無理ですね。



http://diamond.jp/articles/-/43490
2013年10月24日
金融立国イギリスの中心地・シティがウォール街に対抗できる理由
[橘玲の世界投資見聞録]


日本経済の課題は、世界最強を誇った製造業が新興国から激しく追い上げられ、競争力を失ってしまったことだ。そこで製造業に代わる牽引役として、「金融立国」を目指すべきだというひともいる

 そのとき必ず例に挙げられるのがイギリスで、サッチャー政権の新自由主義的な改革によって長期停滞を克服し、金融業を中心にグローバル化に成功したとされる。

 だが私はずっと、こうした提言には懐疑的だった。日本とイギリスではあまりにも条件が違いすぎるからだ。

 前回述べたが、国際金融の世界では「世界最大のタックスヘイヴンはアメリカとイギリス」というのが常識になっている。

[参考記事]
●2016年までタックスヘイヴンへの逆風は続く

 イギリスはジャージー島、ガーンジー島、マン島の王室属領、ケイマンやジブラルタルなどの海外領土、シンガポール、キプロス、バヌアツのようなイギリス連邦加盟国、香港などの旧植民地がタックスヘイヴンの重層的なグローバルネットワークを形成している。その中心に位置するのがシティと呼ばれるロンドンの金融街だ。


シティはウォール街とはまったく違う

 シティはウォール街としばしば比較されるが、その実態はまったく異なる。

 ウォール街は、金融機関が集積するニューヨーク市の一区画に過ぎない。それに対してシティは、ロンドン市(グレーターロンドン)の行政の一部であるとともに、中世からの長い歴史のなかで数々の特権を認められた“自治都市”でもある。

 シティという不思議な場所についてはこれまでほとんど調査・報道されることがなかったが、イギリスのジャーナリスト、ニコラス・シャクソンの『タックスヘイブンの闇』(朝日新聞出版)によってはじめてその概要を知ることができた。

 シティの正式名称は、「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーション」という。コーポレーションとは、刺繍業組合や皮革加工業組合など1000年も前から存在している123もの同業組合(ギルド)の「共同体」ということだ。

 地理的には、シティはテムズ川左岸のウォータールー橋とロンドン橋を東西の両端とする1.22平方マイル(約2キロ平方メートル)の地区で、別名スクエアマイルとも呼ばれる。ロンドンにはシティグループやHSBCなどの高層ビルが建ち並ぶ再開発地区カナリーウォーフやヘッジファンドの集まるメイフェアもあり、これら新興の金融街と合わせて広義のシティ(ロンドンの金融ビジネス)といわれることもある。

 2008年のデータだが、シティは国際的な株式取引の半分、店頭デリバティブ取引の45%ちかく、ユーロ債取引の70%、国際通貨取引の35%、国際的な新規株式公開の55%を占めた。猫の額のような小さな街が、グローバル金融のハブとして圧倒的な強さを誇っているのだ。

 シャンクソンは『タックスヘイブンの闇』で、シティの競争力の源泉を3つ挙げている。アジアとアメリカの中間にあるという地理的優位性、金融ビジネスの標準語である英語を母語とすること、そして、シティにつらなるタックスヘイヴン群のグローバルネットワークだ。

 2008年4月には、旧ソ連邦を構成するCIS(独立国家共同体)から100社もの企業がロンドン証券取引所に上場した。これはシティの上場基準が、アメリカ(ウォール街)でADRを上場させるよりはるかに緩いからだ。


 ロンドンには約30万人のロシア人が住んでおり、「ロンドングラード」とも呼ばれる。そのなかにはサッカー・プレミアリーグのチェルシーを買収した石油王ロマン・アブラモヴィッチのような大富豪もいて、彼らはイギリス特有の「非定住者(Non UK Domiciled)」となって海外所得に課税されない特権を享受している。

[参考記事]
●イギリス、ジャージー島の金融機関が情報開示へ EU居住者のタックスヘイヴンのメリットが消滅

財政破綻の危機に陥ったキプロスもイギリスの元植民地で、ロシアからマフィアの裏資金を含む大量のマネーを受け入れてきた。こうした資金もさまざまなルートを通じてシティに流れ込み、ロシアの副検事総長は「(シティは)犯罪によって得た資金を洗浄する巨大な洗濯屋」と述べた。

シティはそれ自体がタックスヘイヴン(オフショア金融センター)として、多国籍企業や富裕層、反社会的組織に対して、租税回避や守秘性など自国では手に入らないさまざまな便宜を図っているのだ。


シティには入るには国王でさえ武器を置かなければならなかった

 シティがいつ成立したのかは定かではないが、1189年にリチャード1世が即位したときにはすでに自治都市として国王と交渉した記録が残っている。

 当時はすべての権利の源泉が国王にあり、都市は国王から下されるチャーター(許可状)によって設立されたが、シティにはこのチャーターが存在しない。これが、シティが国家(国王)と対等の政治的権利を有しているとされる根拠だ。

 シティの自治を象徴する逸話には枚挙のいとまがない。

 シティに入るときは、国王ですら武器を置かねばならなかった。エリザベス女王が在位50周年記念式典でシティを訪れたときは、町の境界でロード・メイヤー(シティの市長)の出迎えを待った。国王との取り決めで、許可なくシティに立ち入ることが許されていないからだ。「シティから会談の申し入れがあったら、首相は10日以内に応じなければならないし、女王は1週間以内に応じなければならない」とする規則がいまも残っている。

 こうした数々の特権は、シティが英国王室の財政を支援する代償として手に入れ、コモンロー(慣習法)として認められてきたものだ。シティでは毎年11月に市長の就任を祝う盛大な「ロード・メイヤーズ・ショー」が行なわれるが、12世紀の行事を再現したこのパレードはたんなるお祭りではなく、シティがその特権を誇示し、自治権を広く知らしめるイベントでもある。

 もちろんシティは、行政区域としてはロンドンの一部なので、イギリス政府やロンドン市が定めたさまざまな規則に従わなければならない。だがこれには例外があって、金融に関する自治権はアンタッチャブルなものとされている。シティは「ロンドン市のなかのもうひとつの都市」であり、「国家のなかのもうひとつの国家」なのだ。


シティは世界最古の自治都市

 シティは、「世界最古の民主的な自治都市」とも呼ばれる。

 シティには、ロンドン市長(メイヤー・オブ・ロンドン)とは別に、ロード・オブ・メイヤーという市長がいる。それ以外にもロード・メイヤーの補佐役であるシェリフと、長老参事会員のアルダーマンがおり、さらにはコート・オブ・コモン・カウンシルなる市民議会まである。

 シティの長老参事会はイギリスの貴族院(上院)、コート・オブ・コモン・カウンシル(市民議会)は庶民院(下院)と同じだ。これは偶然ではなく、イギリスの政治制度全体がシティを模してつくられている。イギリス首相は下院によって選ばれるが、これは市民議会がロード・オブ・メイヤーを選出する制度に倣ったものだ。

イギリスの中央銀行であるバンク・オブ・イングランドはもともとはシティの豪商たちが1694年に設立した民間銀行で、ようやく国有化されたのは1964年のことだった。それでも「中央銀行の独立」は不文律として残り、法律上はイギリス政府は中央銀行に指示を出すことができるが、この権限はこれまでいちども行使されたことがない。

 シティは王室債権徴収官なる「世界最古のロビイスト」も擁している。王室債権徴収官はシティが英国王室に保有する債権の管理人で、現在でも議員以外でただ一人下院の議場に入ることができ、議長の後ろに座っている。その役割は、「シティが享受している権利や特権を妨げるあらゆる法案に反対すること」だ。


ヴァチカンをも上回るシティの資産

 各国の元首がイギリスを訪れたとき、もっとも華やかな晩餐会が行なわれるのはバッキンガム宮殿ではなく、マンションハウスと呼ばれるロード・メイヤーの公邸だ。王室の予算では200人を集めた晩餐会を開くのがやっとだが、ロード・メーヤーは700人のゲストを招くことができる。

 シティの権力の源泉は、このとてつもない財力にある。

 シティは、3つのファンドを保有している。

 シティ・ブリッジ・トラストは、年間1500万ポンド前後の慈善寄付を行なっている。シティ・ファンドは賃貸所得や利子所得に中央政府からの資金を加えたもので、行政機関としての日常的な運営費を賄っている。

 もうひとつがシティ・キャッシュで、これは「過去800年間に積み上げられた私的基金」というだけで、その実態は謎に包まれている。シティの特権によって、情報公開の対象外 になっているのだ。

『タックスヘイブンの闇』でシャンクソンは、シティ・キャッシュはロンドンだけでなく香港やシドニーなど世界各地に不動産を保有しており、その資産はヴァチカンをも上回る可能性があると述べている。その莫大な富によって、壮麗な晩餐会や権力誇示のパレード、独自の外交が可能になるのだ。


シティの市民議会は企業にも投票権がある

 シティは、グローバル資本主義と中世のコミューンの奇妙な合体だ。シャンクソンはこれを、鷲と獅子が合体した伝説の動物グリフォンにたとえている。

 現在のシティは、居住者が9000人しかいないのに対して、昼間人口が35万人強という歪な構造になっている。そこでシティは市民議会の選挙において、居住者の1人1票に加えて企業にも投票権を認めている。この投票権は従業員数に応じて決まり、3万2000票あまりと居住者(本来の市民)よりもはるかに大きな政治的影響力を持っている。

 そのうえこの選挙では、従業員が自らの意思で投票するのではなく、企業が一括して票を入れる。シティの企業の大半は金融業だから、これによって金融ビジネスに最適な制度や環境の維持が保証されているのだ。

 製造業が凋落したイギリス経済は金融ビジネスによって支えられている。シティが「国家のなかの国家」だとしても、イギリス政府は「国益」としてそれを守らなければならない。シティの権限を剥奪して国家に従属させようとする政治的試みはこれまですべて失敗してきた。

イギリスは国内にシティというタックスヘイヴンを抱え込み、王室属領や海外領土、イギリス連邦、大英帝国の旧植民地など世界じゅうに広がるタックスヘイヴンのハブ(中心)となることで、グローバルな金融ビジネスを支配している

 戦後も「世界帝国」の遺産をそのまま引き継いだイギリスに対して、日本は敗戦によって海外の権益をすべて放棄し、4つの島に引きこもらざるを得なくなった。シティがウォール街と互角にたたかえるのはオフショアのネットワークがあるからだ。東京を中心としたグローバルな金融ネットワークなど望むべくもない以上、「金融立国」はしょせん絵に描いたモチだったのだ。


<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>



 
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