「元寇の歴史、共同研究を」下村文科相、韓国側に提案

 
この政権、なかなかツボを押さえていますな。
韓国のコントロールは、こうやれば一番かと。(笑)

まるで合気道ですね。
相手の攻撃の力を、上手に防御の力に変えています。
争わずに制すことができます。



「元寇の歴史、共同研究を」下村文科相、韓国側に提案
朝日新聞デジタル 1月24日(金)17時26分配信


 下村博文・文部科学相は24日の記者会見で、韓国で慰安婦問題を担当する趙允旋(チョユンソン)・女性家族相に対し、日韓にモンゴル、中国を交えた元寇(げんこう)の共同研究を提案したことを明らかにした。

 下村氏がスイスのダボスで開かれた「世界経済フォーラム年次総会」の関連会合で趙氏と立ち話をした際、「共同研究の端緒にしたいと尹炳世(ユンビョンセ)外相に話したい」と提案。趙氏は「2月に改めて朴槿恵(パククネ)大統領から歴史教育の共同研究で提案する準備をしている」と説明したという。朴氏は昨年11月、日中韓3カ国を念頭に「北東アジア地域で共同の歴史教科書を発刊すべきだ」と提唱している。

 現地で会談の可能性を模索していた尹炳世(ユンビョンセ)外相との会談は実現しなかった。下村氏は会見で、ダボス会議に出席した朴大統領について「お話ししたかったが、異常なほど韓国側の警備が私に対してシフトされ、近づくことさえできなかった」とも語った。



 
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コメント

No title

元寇 これですね。
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元寇の原因

元寇は、高麗の皇太子(後の忠烈王)が元に進言した結果実現した。
この進言がなければ、日本が侵略されることはなかったのだ。
韓国人は、「高麗が元と戦ったから元の日本侵略が遅れた」などと恩着せがましく言っているが、まったく違う。
二度の元寇のとき、対馬、壱岐の住民の、男は皆殺しにされ、女は強姦されたうえ、手のひらに穴をあけられ、縄を通され、船べりにつるされ、矢よけにされた。
元軍の主力は高麗軍・南宋軍だった。
この歴史的事実を、韓国に認識せしめ、韓国歴史教科書に明記させよう。
正しい歴史認識をもつのはいいことだ。

秀吉の出兵

日本が「元寇」言うと、韓国は『豊臣秀吉(フンシンスーギル)の侵略』を持ち出すだろう。たいていの日本人は、「秀吉の出兵」は「侵略だった」と認めている(たとえば古田博司筑波大大学院教授)。
「秀吉の出兵は元寇の報復」との説もあるが、それではプラマイゼロとなる。

韓国には、意外なことに次のとおりの説がある。
「百済が滅亡に瀕したとき、日本は救援の軍を派遣したが唐・新羅の連合軍に破れ、百済は完全に滅び、百済人の三分の一が日本に亡命した。
亡命百済人たちは祖国回復を企てたが、日本は戦乱続きで実現しなかった。
そして秀吉が日本を統一したとき、百済人の子孫たちは、祖国を滅ぼした唐の後身である明を討つべく兵をあげた。秀吉がはじめ朝鮮王に、「明を討つ、案内せよ」と命じたのはそのためだ。朝鮮王がこれに従わなかったため、秀吉はまず朝鮮(新羅の後身)を攻めた。耳・鼻を削ぐという、残酷な行為をしたのは、それが報復の戦いだったからだ。」
日本人には思いもよらない発想だが、大陸的スパンで考えると何ら不自然ではないのだ。
この考え方を敷衍すると、日韓併合も百済人の子孫による祖国回復であり(現在のソウルは百済の最初の首都だった)、日中戦争は百済人の子孫による唐の後身国への報復であったと考えることができる。
荒唐無稽にも思えるだろうが、大陸人にすれば、歴史的必然といえるのだ。

日本人は、韓国・朝鮮人に『フンシンスーギルの侵略以来日本はウリナラを侵略し続け---\』などとやられたら、この説をもって反論するのがよい。


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