旅客船沈没:船長と乗組員、真っ先に脱出

 
韓国旅客船の沈没事故。
被害に遭った方は、誠にお気の毒なのだが…。

事故に至る経緯も、事故後の対応も、まさにOINKですね。
船長が真っ先に逃げたのだそう。

いまだに日本の学校でも、韓国に修学旅行に行くところがあるようですが。
やめておいた方が良いかと思います。

助けられても犠牲になっても、必ず大きな外交問題に発展します。
こういう国ですので。



朝鮮日報
2014年04月17日11時09分
旅客船沈没:船長と乗組員、真っ先に脱出


 船が沈没していく2時間の間、乗組員たちは一体どこで何をしていたのだろうか。


 沈没した旅客船「セウォル号」では大規模な人的被害が発生したが、最初に脱出した船長をはじめ、最後まで責任を果たさなければならないはずの乗組員たちの多くが、事故が発生するや否や、素早く脱出していたことが分かった。事故発生当時、セウォル号には船長のほか、1等航海士2人、2等航海士と3等航海士各1人、操舵(そうだ)手3人、甲板長と機関長各1人など、約30人の乗組員が乗っていたが、沈没する瞬間まで船内で案内放送を続けた末に遺体で発見されたパク・チヨンさん(22)を除き、救助されていたことが分かった。


 木浦海洋警察署によると、船長(69)は真っ先に脱出した人たちの中にいた。船長は船が座礁したとの通報が受理されてから約40分後の16日午前9時30分ごろに船外へ出て、同50分ごろ、約50人の乗客と共に海洋警察の警備艇に救助された。機関士や操舵手など6人の乗組員も、この最初に救助された人たちの中にいた。警察は船長を呼び、事故の経緯について調べるとともに、船内の事情を把握している船長を救助作業に動員するため、事故が起こった海域に行かせた。一方、この船長が、当初運航を任されていた本来の船長(47)に代わって船を操縦していたことも明らかになり、一部のインターネットユーザーは「問題の船長は『代理船長』で、真っ先に船を捨てて脱出したのではないか。無責任にもほどがある」と非難している。


 海上で事故が発生した場合、船内で最後まで乗客の安全に責任を持つということは、船長が必ず果たすべき義務であり、名誉かつプライドと考えられている。1513人の犠牲者を出したタイタニック号の惨事でも、エドワード・スミス船長は最後まで乗客の脱出を指揮した。スミス船長の故郷である英国リッチフィールドには、船と運命を共にしたスミス船長の銅像が建立され、銘板には「英国人らしく行動せよ」というスミス船長の最後の言葉が刻まれている。乗組員たちが乗客を後回しにしてわれ先に脱出するのも、常識外のことと考えられている。2012年1月、イタリアで豪華客船「コスタ・コンコルディア号」(4229人乗り)が座礁して転覆し、乗客32人が死亡する事故が起こったが、この船の船長は事故発生直後に脱出していた。船長は過失致死などの容疑で警察に逮捕され、検察は約300人の乗客を見捨てて逃亡した「職務放棄罪」を適用して起訴し、裁判では乗客1人当たり約8年と計算して、懲役2697年を求刑した。この事件の裁判は現在も続いている。


 今回の事故で真っ先に脱出したセウォル号の乗組員たちは「仕方のない状況だった」と釈明している。操舵手(58)は「船外に出られた人たちは皆運よく生き残った人たちだ。乗客たちには救助隊が来るまでに避難するよう呼び掛けた」と供述した。乗組員(61)は「深夜の勤務を終え、部屋で一人で寝ていたとき、船が傾いてベッドから転落し、事故が発生したことを知った。船から脱出するのに必死で、ほかの人たちを救助しようとか、そういうことを考える余裕はなかった」と話した。


 一方、生存者たちからは「乗組員たちが乗客をきちんと避難させなかった」という証言が相次いでいる。檀園高校(京畿道安山市)2年生のチョン・ボクチン君(17)は「状況がどうなっているのか誰も知らせようとせず、ただ『落ち着いて待機しているように』と繰り返すばかりだった。泳いで脱出しようとしなければ、船内に閉じ込められるところだった」と話した。生徒たちを救助するため命を懸けた行動に出たのは、同じ学校の生徒や教師たちだった。別の男子生徒(17)は「ライフジャケットを着けて部屋の中にいたが、先生たちが来てドアを開け、すぐに海に飛び込むよう指示した。海に飛び込むや否や、船尾まで水に漬かった」と話した。女子生徒(17)は「携帯電話が使えた子たちは、警察に電話をしたり、友だち同士でメッセンジャーをやりとりして励まし合ったりし、船の外に脱出するときも、後ろから押したり手をつかんだりして救助を手伝った」と語った。一般乗客の男性(38)も「ヘリコプターが来たら、乗客同士で力を合わせ、一人ずつロープを引っ張って引き渡した」と話した。


 1993年、292人の犠牲者を出した西海(黄海)でのフェリー事故の際にも、乗組員たちは最後まで責任を果たした。ペク・ウンドゥ船長をはじめとする乗組員7人は最後まで乗客の救助に尽力し、全員が遺体となって発見された。



 
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