桝添都知事の政治団体:「泰山会」の意味

 
次から次に出てくる桝添都知事のブラックさには呆れますが、、、

彼が代表を務める政治団体:泰山会
この「泰山」とは、中国人の「聖地」なのだとか。

日本人の「富士山」のような存在であって、既に世界遺産にもなっているのだそう。
秦の始皇帝が、「封禅の儀(帝王が天と地に王の即位を知らせ、天下が太平であることを感謝する儀) 」を行った所なのだそう。

自分の政治団体に、そんな名前付ける点からも、彼の売国ぶりは筋金入りですな。


http://dot.asahi.com/wa/2016051700223.html
舛添要一「誤って計上した」 土俵際で見せた守銭奴ぶり
(更新 2016/5/18 07:00)


 人口1350万人に上る首都・東京の顔としては、どうにも性根がみみっちいのである。正月の家族旅行37万円、自宅近くの天ぷら店やイタリア料理店で25万円、湯河原の別荘近くの回転寿司に5万円──。

 私的に政治資金を流用していたとの疑惑を、5月11日発売の週刊文春に報じられた舛添要一知事(67)。

 13日の定例会見で釈明に追われ、苦し紛れにこううそぶいた。

「私が非常に心を痛めているのは、みなさんが取材に行かれてお店の方々が臨時休業しなければいけないとのこと。私から言うのも何ですけど(笑)、節度ある取材をお願いしたい」

 会見場に失笑が漏れる。冒頭こそ「(都民から)ご懸念を頂いていることは誠に不徳の致すところ」と陳謝したが、“トンデモ釈明”に終始したのである。

 舛添氏は「泰山会」など四つの政治団体の代表を務める(うち3団体はすでに解散)。2012年から14年までの政治資金収支報告書によれば、13年1月と14年1月、千葉県木更津市のホテルに「会議費」として計37万円を支出している。投宿先の「龍宮城スパホテル三日月」関係者によると、舛添氏は温水プールで子どもたちと遊んでいたといい、実際は家族旅行に政治資金を使ったのではないかと指摘されたのだ。

 ところが舛添氏は、13年は参院選の対応、14年は都知事選出馬の政治決断のために事務所関係者らと会議をしたと主張。政治活動だったと強弁する。そのうえで「家族と宿泊した部屋を利用して会議を行ったことは誤解を招いた」と、収支報告書を修正、削除して返金すると述べた。さらに「政治的機微に関わる」と言い張り、参加者の人数さえも明かさなかった。




http://www.ab-road.net/asia/china/tunxi/guide/03498.html
世界文化遺産・自然遺産の山「黄山」

私たち日本人にとって富士山が特別な山と言えるように、ここ中国にもいくつか特別な山があります。それは中国人の多くが、死ぬまでには登ってみたいと思う、東岳・泰山(山東省)西岳・華山(陝西省)南岳・衡山(湖南省)北岳・恒山(山西省)中岳・嵩山(河南省)です。この5つの山は五岳(ごがく)と呼ばれ、道教の聖地としても崇められている名山です。しかし、その名山を凌ぐほど美しい山が、上海にほど近い安徽省にあるのをご存じでしょうか。今回は、世界文化遺産・世界自然遺産にも登録されている、安徽省・黄山をご紹介します。




ttp://blog.goo.ne.jp/maruo5278/e/7e064e599e71e4a0ee1f856fefce8c44
芭蕉と始皇帝にとっての『聖地巡礼』
2013-12-13 21:14:07

 松尾芭蕉にとっての「奥の細道」、秦の始皇帝にとっての「泰山」、それはそれぞれにとっては紛れのない『聖地』であったのだが…。 

 12月9日(月)夜、北大の公開講座「現代の『聖地巡礼』考 ~人はなぜ聖地を目指すのか~ 」の第7講が開催された。長かった講座もいよいよ残り1回となった。
 第7講は「古代中国の聖地巡礼 VS 近世日本の聖地巡礼」と題してメディア・コミュニケーション研究院の清水賢一郎准教授が講師を務めた。

 今回の講座は講義題が表すように、時代は異なるが日本と中国の「聖地」に対する考え方を対比するように解説された講座だった。

 中国においては紀元前221年に初めて中国統一を成し遂げた始皇帝が「泰山」において「封禅の儀(帝王が天と地に王の即位を知らせ、天下が太平であることを感謝する儀) 」を行ったところとして知られ、その後の皇帝もそれに倣い「泰山」は中国にとって特別な山となっていったようである。
 さらに始皇帝は「泰山」を聖地化するためだろうか、泰山を中心として幾何学模様を描くように各地の山を登ったことを日本の研究者(上野美代子氏)は喝破したと清水氏は紹介された。
 こうして聖地化された「泰山」は現代の中国人にとっても一生に一度は訪れたい「聖地」となっているという。

 対して「奥の細道」である。松尾芭蕉は自らの老境を迎え(46歳だが当時では十分老境だろう)漂白の思いが強く、さらには敬愛する西行や能因らが詠う東北地方への憧れが彼を旅立たせたという。ちなみに、そのときの芭蕉の旅姿は西行を真似たものといわれている。
 芭蕉にとっては西行や能因が詠った地(座)が聖地であり、そこを巡っていく旅だったという。その座は芭蕉にとっての「聖地」ではあるが、一般にとってはあまり関心をもたれた地とはいえなかったのではないだろうか。つまりそれはあくまで個としての「聖地」と云えないか?
 したがって「奥の細道」は現代において俳句を詠む人たちにとっては「聖地」かもしれないが、一般にはそれほど関心を持たれている地とはなっているとは言い難い。

 日本と中国の「聖地」に対する対比ということでもう一点興味深かったのが「自然」に対する考え方の相違である。
 日本においては「自然」は人の手を入れずあるがままの姿こそ尊いものとする考え方が主流であるが、中国においては「文化が自然を聖化する」という考え方があり、自然に積極的に手を入れることを良しとする考え方が主流のようである。
 例えば中国にとって最も早く世界遺産の一つとなった「泰山」であるが、登山道のいたるところの岩肌を削って碑文が刻まれていたり、宗教的な建造物が乱立していたりと、同じ「聖地」といえども様相が違っているようだ。
 このことについて清水准教授は《自然の聖性》VS《文化の聖化》と表現した。

 そういえばテレビのドキュメンタリーなどで深山の岩肌に赤色のペンキで描かれた碑文を何度か目にし違和感を覚えたものだが、中国人にとってはそうすることが聖性を高めることだという感性は日本人には持ち合わせないものである。
 う~ん。今回のレポートはかなり苦労した産物である。



 
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