キャベツニダ

 
キャベツニダ

キャベツニダ!! (笑)
こういったかどうかは知りませんが、遂に観念したようです。

 
舛添知事 都議会議長に辞職願提出 21日付けで辞職へ
6月15日 11時26分 NHK
 

東京都の舛添知事は政治資金などを巡る一連の問題で、都議会が不信任決議案を全会一致で可決することが確実となったことを受けて、みずから辞職することを決め午前中、都の職員を通じて議長に対し、辞職願を提出しました。舛添知事は今月21日付けで辞職する見通しで、おととし2月の就任以来、およそ2年4か月での辞職となりました。

東京都の舛添知事の政治資金などを巡る一連の問題で、都議会では自民党と公明党を含む7つの会派が、共同で舛添知事に対する不信任決議案を提出することを決め、15日の本会議で全会一致で可決されることが確実となっていました。
こうした状況を受けて舛添知事はみずから辞職することを決め、午前中、都の職員を通じて議長に対し、辞職願を提出しました。
都の議会局によりますと、辞職願は今月21日付けで辞職したいという内容で、舛添知事自筆のサインが記されているということです。
また、21日付けで辞職する理由については、副知事を新たに任命するなどの残務があるためと説明しているということです。
舛添知事は、おととし2月の就任以来、およそ2年4か月で辞職することになりました。
舛添知事は、15日の本会議の中で辞職を判断した理由などについて説明するものとみられ、記者会見は16日以降に開く方向で調整しているということです。

舛添氏 学者から国政 そして都知事に

舛添氏は、東京大学の助教授などを経て、平成11年に都知事選挙に初めて立候補しましたが、石原元知事に敗れ、その後、国政に転身します。
平成13年に自民党から参議院選挙の比例代表に立候補して初当選し、2回目の当選を果たしたあとの平成19年には、第1次安倍改造内閣で厚生労働大臣として初入閣を果たします。その後も厚生労働大臣を務めて、いわゆる年金記録問題などへの対応に当たりました。
自民党が政権を失ったあとの平成22年には党を離れ、新党改革を立ち上げて代表を務めましたが、党勢の拡大を図ることができず、3年前の参議院選挙には立候補しませんでした。
そして、おととし2月の都知事選挙で、自民党東京都連と公明党東京都本部の推薦を受けて211万票余りを獲得。
都知事就任後は、「東京を世界一の都市にする」として、オリンピック・パラリンピックに向けた準備などを進めるとともに、都市外交の推進を掲げて海外の都市を相次いで訪問しました。
しかし、政治資金を巡る問題だけでなく、高額な海外出張費や公用車で別荘に行っていた問題でも、都民から批判の声が高まっていました。



 
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