小倉百人一首 第5番 (再考)

 
第5番
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき
猿丸大夫
(男)


以前にこの歌の解釈を書いたのだが、重要な点でその解釈が根本的に間違っていることに気がついた。
『鹿』の解釈である。
と同時に、一部の歴史家により噂される重大な事象を暗示していることにも気がついた。

和歌において、一般的には、鹿は『武士』だと解釈できる。
だがこの歌が詠まれたのは、元明天皇(第43代、在位:707年~715年)の時代。
武士の台頭だと考えるには、時代が早過ぎるのである。

詠み人は、猿丸大夫。
いわゆるペンネームであり、実存を疑う説もあるそうである。
要するに、絶対に名前を明らかにできない、匿名にせざるを得ない状況があったということである。

実は、この歌によく似た歌がある。
小倉百人一首を編纂した藤原定家。
その父である俊成が詠んだ次の歌である。

第83番
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも  鹿ぞ鳴くなる
皇太后宮大夫俊成


誰にも気兼ねをすることなく、堂々と実名を曝している。
そもそも、身分が下である『鹿』を相手に気兼ねをする必要は、命に危険が及ばない限りさほどないはずだ。

だから逆に言えば、猿丸大夫はこの歌を詠むに当たり、命の危険を感じていたに違いない。

(この先は限定記事にします)
 
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